読書感想:むすぶと本。 『夜長姫と耳男』のあどけない遊戯

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前巻感想はこちら↓

読書感想:むすぶと本。 『嵐が丘』を継ぐ者 - 読樹庵 (hatenablog.com)

 

 さて、前巻の感想で本に「罹患」するという事がどういう事か、という事にさらりと触れた気がするが、画面の前の読者の皆様は覚えておいでであろうか。前巻の事態は救えて収束させることは出来た。だが、本に「罹患」するという事の究極形は果たして、どうなってしまうのだろうか。その行いの果てに、何が待っているのだろうか。

 

 

その答えを描くのが今巻であり、たった一人の少女を救えなかったむすぶの苦い過去であり、夜長姫との出会いとなった、かつてのある日、始まりの日を描くのが今巻なのだ。 人生を変える一冊はある、だがその変化が強烈に過ぎて、様々な意味で誰かの人生を変えてしまった結果が描かれるのが今巻だ。

 

中学二年生、あの「はな色の本」に心惹かれた、一目惚れした。その本を求めれどその手は届かず、一年後。中学三年生となったむすぶは、あの日の本を求め、東北の地へと足を運ぶ。

 

 かの地で待っているのは幾多の出会い。今の理解者の一人である悠人との出会い、そして今の恋人である夜長姫と、当時の持ち主である鏡見子(表紙左)との出会い。

 

自分は本であると宣い、その周りでは幾多の男が不可解な死を遂げていくと言う不可思議な一面を持つ鏡見子の心を掴みあぐね、帰る事も出来ず彼女の家に宿泊していく事になり。そんな彼の目の前、不可思議な事態は巻き起こり、血に塗れた凄惨な事件は巻き起こる。

 

一連の痛ましい事件に込められていたのは何か、それは「本」である少女の狂える思いと、それでも彼女を愛しその願いを叶えようとした者達の思い。

 

その想いを受け入れる事は出来ず、毅然と否定の意思を突き付けて。しかし、その否定は鏡見子の激情の逆鱗を踏んでしまい。彼女は全てを終わらせる事を選び、実行してしまう。

 

全てが刻一刻と終わり往く中、救えるのはどちらか一人だけ。その時、むすぶが選んだのは「彼女」。それこそが二人の始まり。出会い心通わせ、惹かれ合い。優しい呪いでお互いを結びあった二人の最初のお話。

 

無論、今巻のお話はそれだけではない。始まりのお話の寂寥感と痛ましさを和らげ、優しく引き上げるかのように短編という形で三つの恋のお話が語られる。

 

少女パレアナ」が見守る、蛍や更科さんの彼への思い。

 

好色一代男」が笑う、若迫の博愛主義的な、闇鍋的な愛。

 

リルケの詩集」が歌う、悠人の淡い初恋。我々読者にとっては懐かしいかもしれぬ、「彼女」。どこか歪で、けれど純粋な絆で結ばれたとある夫婦の奥様へ向けた叶わぬ恋心。

 

 まるで乾いた風が吹き抜けるかのように、どこか寂しく切ない。そんな読後感で、思わず胸に抱きしめたくなるかもしれぬ今巻。

 

シリーズファンの読者の皆様、今巻も是非読んでみてほしい。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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