読書感想:推しが俺を好きかもしれない

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 さて、この世界には「推し」という概念がある。心の底から好きでありずっと応援していきたい存在。そういうものを「推し」というのかもしれない。では、画面の前の読者の皆様の中で「推し」という存在がおられる読者様はその愛はどれほどであろうか? どれほどまでに、愛を注ぎ込まれているのであろうか?

 

 

巷で人気の大人気ユニット、「満月の夜に咲きたい」、通称「まんさき」。そのメンバーの素顔は謎に包まれていた。

 

 そんなユニットの限界オタク系のファンの一人であり、「まんさき」に関する愛溢れるブログを運営したり、更には長々と愛を込めたファンレターを書いたりと、日々推し活に励む少年、光助。彼はある日、まるで頭をぶん殴られるかのような衝撃を受ける事になる。

 

それは何故か。何故なら「まんさき」のボーカルの公開された素顔が、級友である美少女、憂花(表紙)だったからである。

 

 それだけであれば変わらぬ筈だった、例え級友が推しであっても自分のスタンス的に関わらぬ筈だった。だがある日、告白を断った彼女が荒れて自身の素を出している場面を目撃してしまった彼は、激レアな音源と引き換えに、彼女の秘密を黙っているという契約を結ばされる。

 

その日から、推しとの距離は唐突に変わり始める。

 

「マジお前が男だったら絶対一発ぶん殴ってるのに!」

 

もう素を見せてしまったからと言わんばかりに、ぐいぐいと彼の日常に侵食を始める憂花。彼女の素顔は、まるでガキ大将が如く横暴であり、自分が大好きな腹黒ナルシストで。

 

そんな彼女とラーメンを食べに行ったり、彼女のアイドルとしての良い面をこれでもかと語り倒して照れさせたり、ひょんな事からハイタッチをしたり。

 

 ひょんな事から始まった秘密の関係と次々と明かされる素顔に辟易しながらも何だかんだと付き合い続ける光介。そんな彼とのふれあいは、いつの間にか憂花の心の中、大切な時間となっていっていたのだ。

 

「ああ、そっか。私、もう寄りかかってたんだ」

 

悪漢に絡まれて助けられ、唐突に自覚する自分の気持ち。止まらぬ「肩こり」の根底に隠された意味。自分は本当は彼に頼っていた、依存していた。自身の仮面に頼らずに、本当の自分を見せれるのは彼だけだったから。

 

 だけど今、彼は自分を見限り諦めようとする。離れていこうとしている。それは嫌だと心が叫ぶ。封じた筈の自分自身が叫んでいる。

 

「憂花ちゃんが、あんたから離れようとするのは、いいの。―――でも、あんたから憂花ちゃんを諦めようとするなんて、そんなの、憂花ちゃんが許さないから・・・・・・」

 

溢れ出したのは、遠回りした素直な思い。ねじくれて真っ直ぐに伝えられなくて、けれどそれでも、確かに心が乗った真っ直ぐな思い。

 

 ここまでお読みいただいた読者の皆様はもうお分かりであろう。この作品、主人公もヒロインも面倒くさい。そう言いたくなるほどに性格が婉曲的であり、これでもかと遠回りしないと伝えたい事も伝えられない。

 

けれど、それでも。出会い触れあい、惹かれ合う。そこにあるのは確かに「ラブコメ」だ。そして面倒だからこそ、この作品は面白く尊いのである。

 

面倒くさい登場人物によるラブコメが好きな読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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