読書感想:ひだまりで彼女はたまに笑う。

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 さて、突然ではあるが画面の前の読者の皆様。昨今のラブコメ業界の流行は幼馴染ヒロイン、または許嫁系ヒロインと言っても過言ではないのはご存じであると思われる。その上でお聞きしたい。皆様は、そのようなヒロイン像が流行する前のヒロイン像の流行の形、というものはご存じであろうか?

 

 

今はもう、一昔前と言っても過言ではないかもしれぬ。その頃を語れば、あの頃語りと言われてしまうかもしれぬ、そんな時代。流行の一つであったのは、同級生ヒロインである。始まりは何のかかわりもない、そんな真っ新な、ゼロの状態から一つずつ初めて少しずつ恋人に近づいていく。多くの作品が長く、完結まで進められる事が多かった時代だからこその流行と言えるかもしれぬ、そんなヒロイン像。

 

 そんなヒロイン像が描かれているのがこの作品であり、今のラブコメ界においては異端、あるいは再び流行の季節巡っての新風。そんな展開が待っているのが、この作品なのだ。

 

春、それは陽だまりが温かい季節であり、出会いの季節。何かが新しく始まる季節。この作品の主人公であり、高校生になったばかりの少年、伊織。彼にとっても、始まりの季節が確かに始まる。

 

「こ、こっちに来ちゃだめにゃー」

 

 その始まりは、銀髪碧眼の美少女が猫に猫のような言葉遣いで話しかけている場面を目撃すると言う何処か微笑ましい、非日常的な風景から始まった。彼女の名前は楓(表紙)。表情筋がほぼ動かない、けれど美少女なのは確かの伊織の級友となった少女である。

 

そう、もうおかわりであろう。昨今の流行に真正面から切り込むかのように、この二人には事前の関りが全くない。それどころか、楓からパパラッチと呼ばれ避けられるくらいの、ゼロを通り越してマイナスから始まる関係なのである。

 

だけど、ふと見かけた彼女の笑顔から目が離せなくなって。少しずつだけど、心は彼女の笑顔に惹かれていって。あの手この手で品を変え、彼女の友人や自分の友人の手も借りながら、猫を通して少しずつ、心の壁を乗り越え手探りでも近づいて。

 

「ただのお節介だと思って。・・・・・・お願いだから、手伝わせてほしい」

 

 そして、彼女が大切なものを無くして心落ち着かぬ時は懸命に手を伸ばして、手伝うと必死に伝えて。確かに彼女の心を変え、その心に消えぬ傷を、熱を刻んでいく。

 

この作品は、特別な関係も事も何もない。単に奇をてらわぬ普通のラブコメである。何の関係もない、特別なつながりもない。そんな二人が出会い、少しずつ関係を進めていく。そんな普通のラブコメである。

 

 だが、だからこそ尊い。この尊さは何か。それは原初の輝きの一つだ。個性的で押しも押されぬ子供達が、今時の何処にでもある青春を過ごしながらも確かにラブコメをしている。そんなラブコメだからこそ、甘い。使い古されたと言いたければ言えばいい。それでもこの作品に込められた甘さと尊さは、誰にも否定できぬのだから。

 

王道ど真ん中のラブコメが好きな読者様、ギャップのあるヒロインが好きな読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

ひだまりで彼女はたまに笑う。 (電撃文庫) | 高橋 徹, 椎名 くろ |本 | 通販 | Amazon