さて、画面の前の読者の皆様は株取引と聞くとどんな印象を持たれるであろうか。どんな世界であると言う印象があるだろうか。
株取引、それはこの作品の中でも描かれている通り、生き馬の目を抜くという言葉がお似合いであるかのような、とんでもない修羅の世界。指先一つで庶民からすれば想像もつかないようなお金を動かし、誰かが儲かれば、誰かが損をして破滅する事もある、情なき戦場。
その戦場で若くして成功を収め、成り上がった青年が一人。この作品の主人公、理人(表紙左)である。
若くしてタワマンの高層階に住み、総資産は何百億。正しく成功者の例としてあげられそうな輝かしき経歴を持つ彼。
が、しかし。彼には致命的な欠点が一つ存在していた。それは「人間モドキ」と呼ばれるほどに人間的感情に欠落している事。全ては金であるという資本主義に染まり、金さえあれば何でもできると思う、言ってしまえば喧嘩になれば札束でビンタをかますような人種であるという事である。
一様に彼を責めるわけにもいかぬ。彼はその過去に、父親を知らず母親に蒸発されたという人間不信に陥っても仕方のない経験を背負っているのだから。
そんな彼はある日、微妙な関係である知り合い、多由と喧嘩した帰り道、一人の少女に出会いなし崩しに助けてしまう。
彼女の名は、灯香(表紙右)。自身も家族関係に辛い経験を抱え、タイムマシンを作りたいと願う夢見る家出女子高生である。
彼女との出会いは、理人の心を動かす鍵となり、彼のどこか色あせた日々を鮮やかに染める色となる。
「はい、理人さん、あーんして」
知らなかった、誰かが作ってくれるご飯がこんなにも美味しいなんて。知らなかった。自分の常識では測れぬ事が、世の中にはこんなにも多かったなんて。
それは灯香も同じ。始まりは偶然だったのかもしれない。けれど助けを求め、契約をして助けられ。彼の元で過ごすうち、灯香の心の中には知らなかった色と想いが芽生えていく。
自分の夢を笑わなかった、それどころか応援してくれた。ぶっきらぼうで不器用だけど、彼は他の大人とは違って、側にいてくれた。
すれ違いと摩擦で離れ、宙ぶらりんになった二人の心。
「お金より大事なものを見つけたら・・・・・・迷っちゃだめ。あたしたちの痛み・・・・・・あたしたちの青春・・・・・・無駄にしないでよ」
理人は、自らの過ちの象徴でもある多由に背を押され、彼だけにしか出来ない呼びかけを東京中に放ち。
「・・・・・・私は理人さんが好きなんだ」
東京中に放たれた、この世界で只一人、自分だけに向けられたメッセージ。色鮮やかな電光で描かれたその言葉を見た灯香の心は氷解し、まるでパズルのピースが噛み合うかのようにその心は答えを導き出し、始まりの場所で二人はまた出会う。
曖昧なもの、不確かなものばかりのこの世界。けれど、今、隣にいる君は嘘じゃない。だからこそ、お互いを埋め合える。お互いに大切なものを与えあえるから。
独特の温かさと優しさ、切なさに満ちたこの作品。
普通のラブコメに飽きた読者の皆様、温かみのある作品が好きな読者様は是非。
きっと貴方も満足できるはずである。
株では勝てる俺も、カワイイ女子高生には勝てない。 (MF文庫J) | 砂義 出雲, えーる |本 | 通販 | Amazon