読書感想:恋人以上のことを、彼女じゃない君と。

 さて、突然ではあるが画面の前の読者の皆様。皆様はどのあたりの年代の人であろうか。社会人の方であるだろうか。社会人であられる読者様は、この歯車であることを強いられる社会に生きにくさを感じられてはいないだろうか。とかく人の世は住みにくい。社会には正しさを強要され、社会を回す歯車である事を強いられる。ならばこの世界で生きていくには何が必要なのであろうか。

 

 

熱中できる趣味が必要であるのかもしれないし、お金が必要であるのかもしれない。だが必要となるのは逃げ場所、所謂セーフティネットなのかもしれない。現実から目を逸らせる場所、それが重要なのかもしれぬ。

 

ソシャゲのディレクション補佐を務める青年、冬。社会に出て二年、上と下の板挟みで日々胃を痛め、神経をすり減らす日々の中。ひょんな事から彼は、移転先のビルに入る

建築コンサルタント企業で経理を務めていた元カノ、糸(表紙)と再会する。

 

喧嘩別れしたわけでもなく、元々打てば響くような関係だったからこそ素直に話す事が出来て。大人らしく飲みに誘い、愚痴や昔話に花を咲かせる中で、何か糸が切れ壊れてしまったかのように、酒の勢いで彼と彼女は関係を結んでしまう。

 

「・・・・・・戻るか、じゃあ」

 

 大人とは言え過ちに揺れる冬、だが糸は優しく諭し、郷愁を口にする。彼女もまた疲れていた、日々歯車として働く日々に。真面目とか恋とか結婚とかどうでもいい、愉しいだけあったあの時間に戻りたい。冬は気づく、糸はとっくに壊れてしまっていたのだ、と。だからこそ彼は受け入れた、自分達だけあの日のような日々に戻る事を。

 

そこから始まる、恋人同士ではない二人だけの時間。時に午前中だけ仕事をサボって、映画からの観覧車のコンボを決めてみたり。ラブホの足湯に浸かってみたり、カラオケに行けば体力の低下を実感したり、珍しいタバコを二人で体験しに行ったり。

 

彼等は恋人同士ではない、「フェアリーテイル」と呼ぶことに決めた性行為を何度も重ねて胃ながらも。恋人以上のようで恋人ではない。何とも言えない、ふわふわとした曖昧な関係。だがそれは何にも縛られぬ、逃げ場所となるからの心地よさを持っている。毒親や面倒な上司、社会と言った自分達を責め立ててくるものからの逃げ場所となるからこそ、いつの間にか二人でいる時間が何気なく特別になっていく。

 

「今そこだけは、絶対に逃げちゃいけないと思う」

 

だけど、逃げてはいけぬ一線もある。何処に行っても社会の地獄は続く。一時の逃げを経ても何も変わらない。ならばどうしたらよいのか。

 

それは後悔をしない事、夢に真っ直ぐである事。お互いに踏み出せぬ似た者同士、それでもここは踏み出さないといけない。お互いがお互いの味方、二人でいるから孤独を忘れられるから。

 

社会の灰色と侘しさに彩られながらも、どこか煤けているけれど温かい絆のあるこの作品。社会に疲れた読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

恋人以上のことを、彼女じゃない君と。 (ガガガ文庫 ガも 4-3) | 持崎 湯葉, どうしま |本 | 通販 | Amazon