読書感想:マーディスト ―死刑囚・風見多鶴― (上)

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 さて、古今東西の殺人鬼の中で、皆様の心の中にパッと思い浮かぶのはどの殺人鬼であろうか。一番有名な所で言うならば、かの霧に煙る倫敦の都を騒がした、かの伝説的な殺人鬼であろうか。そんな殺人鬼達には、主に独特の価値観を持っている面子が揃っているというのは創作上でよくある事であろう。では、この作品における殺人鬼は一体、どうなのであろうか。

 

 

数年の間に、89人もの人間を殺め。その死体を一つの芸術のように、様々な作品のように飾り付けた殺人鬼。その名を風見多鶴(表紙)。二年ほど前に突如として出頭し、あっという間に死刑宣告を受け、拘置所に収容されても尚。彼女を信奉する模倣犯達が世間を騒がせる女である。

 

「ようやく会えた。ねえ音人くん、私とゲームをしましょう」

 

 そんな彼女は、自分の模倣犯の情報を提供する条件として、とある青年との面会と彼を窓口にする事を求める。その青年の名は音人。行方不明の姉を持ち、高校生の妹を溺愛する普通の大学生の青年である。

 

何の説明もなく、連れてこられて面会させられ。訳も分からず混乱する彼へ、風見多鶴は鈴の鳴るような声でゲームを持ち掛ける。 「水平思考ゲーム」、音人からの質問に風見多鶴がイエス又はノー、もしくはノーコメントで答え正解を導くゲーム。

 

 音人は彼女の事を知らない、それは確かな一つの事実。だがしかし、風見多鶴は彼の事を何故か知っている。行方不明となっている彼の姉の事も。そして彼女は、まるで童女のように笑いながら、心から彼とのゲームを楽しみながら。彼と言葉を交わし、彼を何処かに連れていこうとするのだ。

 

「考えるの。そうすれば、わかる」

 

彼が行き詰まった時は、考えると言う行為の真実を語り諭し。

 

「私はね、音人くん。あなたに『人間』を知ってほしいのよ」

 

風見多鶴を信奉する模倣犯の死を眼前で目撃した音人へ、人間の本質を知ってほしいといっそ優しく声をかけ。

 

「だけどせめて、いまあるものは、そのまま信じ続けてあげてもいいんじゃない?」

 

疑心暗鬼に陥ろうとする音人を、何処か叱るような口調で咎め

 

「お前、それ以上しゃべるな」

 

そして、彼に危害が加えられそうになった時は、今までに聞いた事もないような暗く重い声で、本気の殺気を見せる。

 

 そんな彼女と関り、幾つもの凄惨と謎に彩られた事件の秘密に迫る中。音人は確かに変わっていく。徐々に、まるで風見多鶴という色に染められるかのように。彼女の思考が先読みできるようになっていく。彼女と言う人間へと近づいていく。

 

それは彼女にとって喜ばしい事。そう言うかのように、彼女は笑う。

 

一体彼女は、彼を何処へと導こうとしているのか。彼女の色で染め、何処へと連れていこうとしているのか。

 

それは未だ暗闇の中。何も見えはしないのである。

 

背筋に戦慄を感じたい読者の皆様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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