さて、何故この作品のレビューを今書かれているのか、というツッコミが来る前に先に明言しておこう。迷うくらいなら読め、という心の声に従っただけである。では、まずは画面の前の読者の皆様に一つお聞きしてみよう。あなたが思う「ラブコメ」の主人公の素質、とは何であろうか? 鈍感である事か、それとも敏感であることか。様々な答えがあるかもしれないこの質問に、貴方であればどう答えられるであろうか。
その答えは各自の心の中にある筈なので明言を避けるとして、主人公や親友キャラといった役割を与えられた登場人物以外はモブであるのだろうか? モブという人種の中にも、主人公の素質を持っている者だっているのではないだろうか。
自身をモブであると称する少年、幸太郎。穏やかで優しいだけの少年は、何故自身をモブであると称するのか。それは、身近に圧倒的な主人公がいるから。典型的ハーレム系主人公、龍馬に、元友人のキラリ、幼馴染の結月、義妹の梓の心を奪われてしまったから。
圧倒的な光の前では影すらなく、何も残らず。だからこそモブに徹する、筈であった。
「だから、中山くん・・・・・・・あのね、わたしとお友達になってくれる?」
が、しかし。そんな目論見はあっけなく崩壊する事になる。ある日、忘れ物を取りに帰った教室で声をかけてきた少女の一言により。彼女の名はしほ(表紙)。龍馬の大本命である彼の幼馴染であり、決して笑わぬ少女である。
彼女は言う、自身に身についた共感覚により人の「音」が分かる自分にとって、龍馬の「音」は歪で不快に過ぎる。けれど、幸太郎の「音」だけは緊張しなかった、心地よかったと。
訳も分からぬままに秘密の友人関係を結び、どんどんと自分しか知らぬしほの顔は増えていく。
「『モブキャラ』なんて、悲しいこと言ったらダメよ?」
自分の事を無条件に肯定してくれる彼女に心動かされる。卑屈に染まった自身の心が変わっていく。
しかし、それを面白く思わぬ者が一人。もちろん龍馬である。彼女も自分が好きであると妄信している彼の手は迫る、宿泊合宿と言う共同生活の中で。その中、梓の心も傷つけられる。
それを「モブ」であれば見守るだけだろう。何もしないだろう。だが、もう立ち止まれない。だって、もう見たくないから。彼女の悲しむ顔なんて。
「いいかげん、その事実を受け入れろよ」
見事に作り出された告白の場、突き付ける反逆の牙。今までモブだと侮られていた彼の偽らざる気持ち。偽悪の道化に身をやつし、悪として叩きつける彼自身の、彼のくだらないラブコメへの否定。
「・・・・・・ずっと昔から、あまり好きではなかったの。今まで、言ってあげられなくてごめんなさい」
その否定に背を押され、しほも一歩踏み出し。決定的な別離と拒絶を告げる。今まで彼が見ようともしなかった本質を突き付ける。
果たして、本当に踊らされていた「道化」はどちらか? 誰にも捕らえられぬ吹き抜ける風のような彼女が望んだ「主人公」は、自身の物語における「切り札」はどちらか?
「中山くんは、わたしにとっての『主人公』だわ!」
your my hero.
メインヒロインが選んだのは主役ではないモブ、故にこのラブコメは駄作か。否、それこそが彼女の幸せならばそれは彼女にとって、否定できぬ傑作なのだ。
これはモブがメインヒロインの心を射止める物語であり。光を奪われた「主人公」が、自分だけのメインヒロインを得て自身の舞台へ上がる物語であり。綺麗なだけでも甘いだけでもない、辛くて苦い味のする作品なのだ。
だがしかし、それこそがラブコメだ。鮮烈な感情が交錯するからこそラブコメなのである。故にこの作品、間違いなく面白いと太鼓判を押したい。
ただ甘いだけのラブコメは飽きた読者様は是非。
きっと貴方も満足できるはずである。
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