前巻感想はこちら↓
読書感想:霜月さんはモブが好き2 - 読樹庵 (hatenablog.com)
さて、前巻まで読まれた読者様であればこの作品の主人公である幸太郎に今、足りぬものは何だかお分かりであろうか。答えを先に言ってしまうのであれば「主体性」。前巻、メアリーの書き下ろした脚本に半ば脅迫される形で巻き込まれたように。彼は自分から動く、というのがほとんどない。それはまだ彼が本当の意味で「主人公」ではなく、「モブキャラ」という事なのであろう。では一体、そんな彼が主人公になるのならばどんな理由が良いだろうか? それは勿論、彼だけのヒロインであるしほの為であるのが相応しいだろう。
「いやいや。ちゃんと二人が悪いよ」
しほがガチャでお小遣いを溶かしたり、とちょっとした可愛らしいトラブルがあったり。梓としほが順調に仲良くなり、龍馬が何処か刺々しくなったり。聖夜が迫る中、相も変わらず続く日々。
しかし、不穏は突然やってくる。メイドカフェ経営者である叔母、千里が持ってきたのは母親であり旅行会社の経営者である加奈からの電話。内容は何と時代錯誤な一方的な婚約と言う物。母親の会社の損失を補填する為という割とアレな理由で幼馴染である結月との婚約が一方的に決められてしまったのである。
「あなたじゃないとやだ」
結月の真意を聞きに行ってみれば、自分と似て主体性のない、それどころかあきらめ気味な彼女の心を動かすことは出来ず。その話を聞かされたしほを泣かせてしまい。心の中に響く悪役の自分の声。任せればうまくいくだろう、自分はモブキャラだから。だけど彼女が好きになってくれたのは「自分」だ。ならば諦めるわけにはいかぬ。もう見たくない、君の涙は。
だからこそ、動き出す。こんな婚約はぶち壊す。手を貸そうとやってきた前回の黒幕、メアリーと手を組み。幸太郎は婚約をぶち壊す策を練る。
果たして結月の心を動かすにはどうすればよいのか? 簡単だある意味。彼女にとっての「主人公」、龍馬を駆り出させれば善い。彼にアプローチするなら誰の手がいる? それができるのは只一人、キラリのみ。
キラリに接触し前回のビンタの借りも兼ね、それとなく情報を流し龍馬を怒りで振るい立たせ。
「少なくとも、ただの『友達』でしかないお前よりかは縁の深い関係性だな」
お見合い当日、思惑通りに乗り込んできた龍馬を「悪役」として掌の上で転がし。望むムーヴをさせて、結月の思いをそちらに向ける。
ここまでは「悪役」の自分に任せておけばよかった。だがここからは「自分」にしか出来ない事。千里の手も借りれぬ母親との対決。今、初めて殻を破る為に。
「あなたの思い通りにはならない」
見せてやれ、成長を。彼女も知らぬ、人形だった自分の心を。覚悟を見せ、最後は機械仕掛けの神と言わんばかりにメアリーが終幕を引き。幸太郎は再び、しほとの日常に戻る。
「霜月しほにとって、中山幸太郎くんは―――ずっと主人公だからね?」
そう、誰にとってもの主人公でなくていい。そんな立ち位置なんかいらない。勇者みたいな主人公じゃなくたって構わない。只一人、しほにとっての「主人公」。それこそが幸太郎の得たもの、彼だけの唯一の居場所。特別なんて要らない、ありふれた幸せだけでいい。それが幸太郎の主人公としての道。
「あの子は、いい子だから」
だが彼は知らぬ。冷たいばかりの母親の本心を。そこに確かにある愛を。だが、まだ知る必要もないだろう。縁が繋がる限りいつかは知れるのだから。
遂に幸太郎が一歩踏み出す、成長の輝きと甘さに相好が緩む今巻。シリーズファンの皆様は是非。
きっと貴方も満足できるはずである。