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読書感想:楽園ノイズ2 - 読樹庵 (hatenablog.com)
さて、突然ではあるが、画面の前の読者の皆様は人が本当の意味で死ぬ時はいつであると思われるであろうか。機械によって脈がなくなり自発的呼吸が止まったと判断された時だろうか。それとも、炎に飲み込まれて骨の欠片と灰になり、小さな壺か何かに入れられてお墓の中に入れられた時だろうか。
その答えは各自、心の中で想起していただくとして。答えの一つとして、「誰かの記憶から忘れられた時」というのがあげられるのではないだろうか。誰かが心の中で覚えていてくれるのなら、その限りはその人の心の中でその人は生きている、と言えよう。なれば、全ての人の記憶の中から消え、思い出される事も無くなった時、それこそが本当の意味での死、と言えるかもしれない。
「音楽なんて、聴いてもらえなかったら無いのと同じですからね」
そして、それは音楽も同じ。誰かに聴いてもらえないのなら、その音楽は何処かに埋もれ死んでいく。だけど歌い続ける限り、聴き続ける限り。その音楽は死にはしない。そんな「死生観」とも呼べるテーマが今巻のテーマである。彼等にとっての命、とでも呼ぶべき話である。
初めてのフェス出演を企画してくれたイベント会社の社長の勝手で突拍子もない試みにより引き合わされた後輩、伽耶(表紙右端)。元歌手、現俳優の父親と大女優の母親の間に生まれながらも父親の音楽を嫌い否定する彼女。真琴のファンでもあり同じベーシストでもある彼女の腕前は群を抜いており。
「クリスマスライヴは、僕抜きで演ってほしいんだ」
そんな彼女の腕前に圧倒され、同時に魅了され。真琴は今一度自身を見つめ直すべく、迫るクリスマスライヴを前にし、伽耶を代役とし一時的にバンドからの離脱を表明する。
だが、ただ離脱するだけでは終わらない。自身を見つめ、自身が中心となったバンドと言う箱庭を見つめる中。人の心が無い音楽バカでしかない彼は、その言葉の示す通りに音楽に、創作に向き合っていく。
伽耶の父親との確執に触れ、それでもと父親の歌を分析しその歌声を利用し彼女へと心を届け。
電子の海の片隅、偶々見つけ心を撃ち抜かれた曲に引き込まれ。その曲に隠されていた二人の音楽家の埋められぬ確執と取り戻せぬ喪失を目撃し。
「もし逢えてなかったら、っていうのは、ないんだよ。たぶん」
先人達が経験した癒えぬ喪失の悲しみ。大切な人が言えずにいた、自分への思い。そして、クリスマスという限られた時間を過ごしたバンドメンバー達の気持ち。離れたからこそ見えたものをその手にし、真琴の心の中に芽生えていくのは今までにない感情。今まで言えずにいた思い。
聴かれぬ曲は何処まで行っても誰の心も打てないけれど。例え誰かの心に、一人きりだとしても打つ曲は。まるで心を撃ち抜き、心に爪を立ててくるかのように。熱い奔流を叩きつけてくるのだ。そしてそれは、誰かの心を撃ち抜く銃弾となるのだ。画面の前の私達の心のように。
今までとは一味違った味の中、更に熱さと深み、凄みを増した音楽描写が光る今巻。
前巻を楽しまれた読者様、やはり杉井光先生のファンの皆様は是非。
きっと貴方も満足できるはずである。
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