読書感想:紅蓮戦記1 天才魔術指揮官は逃げ出したい



 闇の炎に抱かれて消えろ、というネタが分かる読者様は多分私と同年代であり、今のオタクの主流である読者様から見れば多分古株と呼ばれるであろう類のオタクである。という前置きはさておき、皆様はもし自分が敗色濃厚な戦いの中におかれていたならどうするであろうか。最後まで逆転を信じて足掻くか、それとも潔く投降されるであろうか。

 

 

異世界「オンドヌール」に組織的に魔法が戦争に持ち込まれ早二百年以上。高度に組織化され分業化された魔法戦争が繰り広げられる世界で、各国との戦争を繰り広げるルース王国。その中で大尉の位を与えられ、舞台を率いて連戦連勝を続ける少年、マクアディ(表紙左)。炎を使う魔導師である彼は平均寿命の二週間を遥かに超え、三年もの間を戦い続けていた。

 

「戦死するまでが戦争だ。軍曹」

 

 だがしかし、その勝利と戦功は大河の中の一滴に過ぎず。彼が連戦連勝しながらも、ルース王国は連戦連敗。何度も遷都を繰り返し、それでも追い詰められ。もはや亡国一歩手前だったのである。

 

そんな国の中、「虎」という異名で恐れられながらも。行く先は戦死か、処刑か。敵国に恐れられ、戦後の処遇を何度も協議されながらも。そうとは知らず、マクアディは戦い続けていた。いつか戦死する時が来ると信じて疑わず、もはやその未来を当然のモノとして。

 

「死ぬのよ、死んじゃうのよ」

 

幼年学校の同期である敵国の姫、エメラルド(表紙上)に心配され助けようと手を伸ばされながらも。

 

「軍務です。決まっているでしょう」

 

敵国の中佐、アスタシア(表紙右)が話を聞いて自分の中の彼の人物像との違いに悩んでいたりするのも知らぬままに。

 

先任軍曹であるイクスと漫才染みたやりとりを繰り広げ、うまくない食事を食べて頼れる部下達を率いながら。いつ終わるとも知れぬ戦いの中で生き、死んでいくはずだった。

 

「生き延びる、だけ、ですか、その後の命令は?」

 

「ない」

 

 だがしかし、状況はふとした切っ掛けで一変する。駆け付けた満身創痍の軍務卿、ラブールから自分が王の養子になったと告げられ。何とも遅すぎるタイミングで人道主義に目覚め薨去した王から妹となった二人の王女、ラディアとメディアを託され。彼は生き延びよという指示を受ける事になってしまったのだ。

 

命ぜられたのならば生き延びるしかない。目の前に立ち塞がるのは自分を狙って襲い来る十五万もの大軍。対するこちらは少数精鋭。だが皆で生き延びると言う決意をした以上、少なくとも二年は生き延びねばならぬ。

 

ならばどうするか。決まっている、遠慮はいらぬ。躊躇いもいらぬ。イクスとただ二人殿として残り、圧倒的な数の敵軍を相手に悪鬼の如く力を振るい。自分の死を偽装して逃げ出し、味方との合流を目指す。

 

「大損するんですよ。戦争をするという行為自体で」

 

 味方よりも先にエメラルドと出会い、何故か彼女もついてくることになり。彼女とお付きであり旧知の相手でもあるステファンに話すのは、ここからでも勝てるかもしれぬ策。戦争を長く伸ばす事で、財政を追い込み負けへと追い込むと言う画期的な机上の空論。

 

「まあ、侵略者どもを苦しめるよ」

 

それでもすでに賽は投げられた。だからこそ、もう進むしかない。この果てのない戦いの道を。

 

王道的に泥臭い中に、胸の奥を焦がすような熱さと面白さのある大作感を感じさせる戦記である今作品。戦記ものが好きな読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

紅蓮戦記1 天才魔術指揮官は逃げ出したい (MF文庫J) | 芝村 裕吏, エナミ カツミ |本 | 通販 | Amazon