読書感想:主人公にはなれない僕らの妥協から始める恋人生活

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 さて、この世の中には「妥協」という言葉がある。妥協とは、良い意味よりも悪い意味で使われている方が多いかもしれない言葉である。例えば、ラブコメというジャンルにおいては「妥協」というのはあり得ない。何故なら主人公はヒロインの心を射止める為に全力を尽くすものと相場が決まっているから。だが、もし「妥協」をしたのならどうなるのだろうか? それこそがこの作品におけるラブコメの始まりとなるのである。

 

 

「人生とはつまるところ妥協」という信条を掲げ、心の内の感情を押し殺しながらお調子者として振る舞う少年、秀侑。親友である隆一の幼馴染、学校のアイドルでもある詩音に、多くの生徒たちのように片思いしながらも、届かぬ思いと諦め隆一を加え三人で過ごす何でもない日々。

 

「・・・・・・言ったからね。訂正はなしだから」

 

 そんな何も変わらぬ何でもない日々は、ある日唐突に変化を迎える。同じ図書委員であり、外見的にはサブヒロインも良い所、ぼっちな少女である乃菜(表紙)と冗談交じりで話していたら、何の因果か付き合う事になってしまったのである。

 

同じ委員会というだけのつながり、本質的に何も知らない同士。付き合う事にしたのは恋心ではなく、お互いに打算と妥協の為。

 

 それはいつも通り、妥協の末に選んだだけの選択であったはずだった。だが、その選択は秀侑に乃菜の今まで知らなかった一面を見せていく結果となり、気が付けば彼女から目を離せなくなる結果を生み出していく。

 

ルールを決めて夜通し繰り広げたメッセージでのやり取り。ぼっちな彼女の内面を知り、少しだけオタク気質な彼女の今まで知らなかった顔を知り。

 

恋人だからと繰り広げたデートで、いつもとは違う彼女の姿に彼女らしさを感じながらも目を奪われ。

 

今まで誰にも話したことのなかった自らの過去。才能に振り回された姉と両親の引き起こした家庭崩壊の黒歴史も彼女だけには話せた。

 

 気が付けば、詩音ではなく乃菜と積み重ねていた様々な「はじめて」。だが、歪んだ感情から始まった恋路が本物に変わろうとしていく中、彼女の中学時代の友人との邂逅と彼女が語った痛ましい過去が二人の距離を引き離す。

 

いつもなら、ここで妥協してそのままだったはずだった。けれど、何故かそれが出来ない。それはいけないと心に刺さった棘が叫ぶ。

 

『でもも何もない。それが事実。だから罪悪感を覚える必要なんてどこにもない』

 

その背を押すのは心の叫びだけに非ず。ずっと負い目を感じていた姉、その初めて明かされた内面から転び出た謝罪と感謝が彼の心の乾いていた部分を埋め、彼女へ向かい合わせる原動力となる。

 

「僕は幸せになるために妥協するんだ」

 

 そして導き出された新しい「妥協」の形。目的もなく妥協するのではなく、目的を以て妥協する。人は皆、不幸に惹かれながらも幸せを求めて歩いていく生き物だから。だからこそ、彼女とのまだ名前もない感情を以て綴られる関係を続けたいからこそ。妥協の果てに、その手を伸ばす。

 

水中に住まう魚が陸を往く鳥に惚れたのなら、陸に上がり進化する道もあるだろう。だけど、水中にとどまり、鳥を見上げながらも水中で幸せを探す道だってある筈だ。

 

始まりは偽物だったのかもしれない、けれどこの関係もいつかは本物になるかもしれない。

 

一風変わったラブコメ、而してその本質はビターな展開が引き立たせる、等身大の子供達だからこその真っ直ぐなラブコメ。この作品はそんなお話である。

 

変化球的ラブコメが読んでみたい読者様、子猫的なヒロインに惚れたい読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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