さて、「往きて帰りし英雄譚」、なんていう言葉なんてものがあるが、最近は英雄のその後、というものを描いた作品も少しずつ増えてきている訳で。その源流と言うのは一体どこになるのであろうか。やはり有名どころとしては、「葬送のフリーレン」や、「誰が勇者を殺したか」の辺りかもしれないが。それはともかくとして。この作品もまたそういった、魔王を斃した後のファンタジーであり、喪失と再生を描くお話なのだ。
喪失と再生、それはどういう意味か、というのはひとまず置いておいて。勇者やらその仲間、というのは基本的にはその世界の一般人である事が多いであろう。元からの立場がある人間なんてそうはいない。だからこそ、戦いが終われば戻るだけ、ともいえる。
魔界から来た魔王とその眷属が、文字通りに世界に根を張り、座する場所を魔界に変えていく。だが魔王とは、魔界の存在をこの世界に繋ぎ止める為の楔のようなもの、故に魔王暗殺を為せば、全ては終わる。
「迂闊に王族の顔なんぞ見れば俺は、その面を射貫かずにいられる自信がない」
そして、それを成し遂げるのは託宣により聖痕を証として持つ、勇者と五人の仲間達。だが、魔王を斃したその日、仲間の一人である弓手、ジャレッドはパーティーからの離脱を宣言する。彼が明かしたのは、彼が戦ってきたのは遺してきた妻と娘の為に、という戦いの理由。しかし、半年ほど前に村の魔術師が死の事実を魔法で知らせて来た。その理由は、辺境を見捨てた王国の失策。だからこそ憎しみしか感じぬから、と。
「何一つ知らない。知らなかった」
「本当、僕等はそういうの全然話してこなかったでしょ」
それは勇者、ユーマ(表紙下)も、仲間達も全員知らなかった。お互いの事情を話す事もしなかった、ただ魔王討伐と言うお題目の元に戦ってきた、それだけを見て。だからこそ今、知りたいとユーマは願い。どうせ急ぐものではないから、と仲間達に願い、一つ一つ寄り道をしていく。
「私はその程度の俗物なんですよ」
僧侶、グレアム(表紙上右から二人目)の故郷、そこで行われようとしていたのは彼の妹、ヘレンの結婚式にかこつけたお祭り騒ぎ。そこで語られるのはグレアムの理由。高潔な人物、などではない浅ましさで逃げる為に参加し、一からやり直すという彼の決意。
「まずは、おかえり」
「おう。ただいまじゃ」
魔術師、ラウニ(表紙上左端)の故郷、妖精族の隠れ里。そこで明かされるラウニの理由。外を見たいと言う気紛れ、諸国漫遊のついで。それは、肩書に縛られる自分自身の本質を探すもの。けれど忘れなかった、大切な家族。
「そこに、逢いたい人がいる」
ユーマは正体に気付いていなかった、聖騎士の女性、レオナ(表紙上右端)。旅の途中で立ち寄った谷底の村、そこで待っていて欲しいと願った人。そこにあるのは救われなさ。もしくは、あり得たかもしれない共に歩いて行けたかもしれぬ道の残滓。
「また、いつか」
「ええ。また、いつかね」
王都を囲む将都、そこは斥候兵、ボニータ(表紙上左から二人目)の故郷。そこで語られるのは嘘ばかりの彼女の人生、弱肉強食の中で積み上げてしまったもの。だけど、本当になった事も確認し、そこでお別れし。
巡る中で一人ずつ、どこか大切な場所に残り、誰でもない者へ。そしてユーマは故郷を失くした者、だから勇者、の辞め時はないのかもしれぬ。 どこにも帰れぬから。
「長い話になるよ。短くて、長い、そういう話」
だけど、彼にもまだ、残っているものが帰ってきた。 一人ひっそり帰った王都、そこにいたのは死んだと思っていた幼馴染、キャロル。ユーマを勇者ではなく、彼自身とみてくれる相手。 だからこそユーマは選ぶ、何者でもなくなる事を。 勇者の証を、通りすがりの少年に王城に届けてと預け。 キャロルと共に歩きだしていく。
何者でもない者が何者かになり、また何者でもない存在に。どこか寂しく切なく、だがエモいこの作品。 独特の寂寥感を楽しんでみたい読者様は是非。きっと貴方も満足できるはずである。