さて、「自分の人生の主人公はいつだって自分自身」という言葉があるであろう。実際、そうだろう。しかし普通の人の人生というのは自分を主人公として書いてみても、山も谷もない事が普通であるかもしれない。特にイベントが続くわけでもない、ごく普通の日常スローライフ。そんな感じになるのかもしれない。そう考えると、学園ラブコメだったりの主人公の人生、というのは文字通りラノベの中にしかないのかもしれない。
さて、そう言う訳でこの作品の事を語っていきたいわけであるが。この作品はどういう作品か、というと。主人公性、というのを逆手に取ったお話であり。残された者達のお話なのだ。
人類の住む地球に突如襲撃をかけてきた宇宙怪獣。星の歪、と呼ばれる座標から現れる脅威たちは一年前、人類のヒーローであった少女、茜(表紙右から二人目)が、「加工」により創られた人型兵器、「スターゲイザー」の一撃により封印された。けれどそれは、悲しき犠牲を伴った。封印と引き換えに茜は命を落とし。人類はヒーローを失ってしまったのだ。
「どうして、俺も連れて行ってくれなかったんだ」
その死から約一年後、復興の始まった世界。だが茜の幼馴染であった少年、嗣道(表紙左から二人目)の時間は止まったまま。彼女の死を見届け、受け止めきれずに引きこもり。そこへ家の扉を爆破する、という形でやってきたのはスターゲイザーの加工者である天才科学者、麒麟。今まさに宇宙怪獣復活の危機は迫っていて、対処できるのは茜がスターゲイザーを託した嗣道のみ、と彼を叩きだそうとする。
「茜が大事だった世界は、守りたい」
叩きだされた彼を見る友、孝之助(表紙左から三人目)の目は優しく、だが蛍(表紙左端)と蓮(表紙右端)の目は冷たく厳しく。そこへまるで運命の導きと言わんばかりに襲撃してくる、復活した宇宙怪獣。戦う自信なんてない、だけど背後には助けを求めている人がいる。気が付けば走り出していた、無謀と心が叫んでいるのに勇気が湧いていた。その願いと叫びはスターゲイザーを起動させ、同乗した麒麟との偶発的なラブコメ的イベントが新たな武器を起動させ、何とか勝利はもぎ取る。
契約したのなら、必要なのは主人公性。学校にも復帰、麒麟も転校生としてやってきて。時に何故かデスゲームに巻き込まれたり、当たり前の日常を過ごしたり。
「俺は、戦うよ」
その中、少しずつ嗣道の中に育っていく気持ち。茜の代わりにはなれない、だけど託されたから。蛍だけには背負わせぬ、と虚勢を張ってでも立ち上がる。心の中に熱が燃え始めていく。
だが、そこへ冷や水をかけるかのように、新たなるスターゲイザーと共に現れた蓮に突き付けられた事実。自分が茜を見殺しにした、その伸ばされた手を取らなかった、という糾弾。自信は失われ、心は折れかけていく。
「これはとっくに! おまえの物語だろう!」
その背を再び麒麟が蹴っ飛ばす。いつまでも茜の残影に縋っている、だけどこれは茜の物語ではなく、嗣道の物語だ。あの日戦う事を決めたから、もう始まっているんだ、と。心を重ね勇気を出して。新たな思いが未知の変貌を生み出して。嗣道は蓮とぶつかり合い、まるで主人公のように手を伸ばす。
だが、生まれたての主人公には厳しすぎる展開が来る。全員の力を合わせて戦う決戦、その先に復活する最初。正に絶体絶命、選ぶのは自分の道、それは茜と同じように。だけど彼女と同じように選べない、だけど諦める理由にはならない。
「小日向茜に、託されたから」
借りものだとしても、この胸に宿っているから。託されたものが。そこに現れるのは、茜の残された思い。自分という強すぎる輝きを見つめ続けてきたから気付かないだけで、彼には自分とは違う、確かな光があるからと太鼓判を押して。
「あとは、任せた」
「任された」
本当に託された思い、言いたかった思いは届かない、凡人だから。それでも、立ち上がれ。前を向け。今ここから始めるのだ、と。共に戦うスターゲイザー、星の観測者は見届ける。輝きに満ちた星の終わり、そして新たに生まれる、異なるまばゆさを持った星を。 今ここに嗣道は主人公となり、ヒーローとなる。ならば負けうる道理は何処にあるのか、何処にもないのだ。
主人公性、という輝きが舞い熱さも感動も全部盛られて。だからこそこの作品は心を真っ直ぐに燃やしてくれるのかもしれない。そんな輝きを見てみたい読者様は是非。きっと貴方も満足できるはずである。
Amazon.co.jp: はじめよう、ヒーロー不在の戦線を。 (ファンタジア文庫) : 服部 大河, 河地 りん: 本