読書感想:レプリカだって、恋をする。

 

 さて、画面の前の読者の皆様は恐らくドラえもんをご存じの筈という前提の元に問うてみるが、皆様は「コピーロボット」というひみつ道具をご存じであろうか。詳細に関しては各自検索していただくとして、皆様の中でも社会人の皆様は、あの道具が欲しくなった時は一度くらいはあられるのではないだろうか。行かなければならぬ所に行きたくない時、自分の代わりに行ってくれる存在。それがあれば、頼り切りになってしまう方もおられるかもしれない。

 

 

しかし、前述のひみつ道具はあくまでロボットである訳で、自意識はない訳であるが。もし自分にそっくりで、自分の意のままに操れる存在がその存在だけの意識を持っていたとしたら。それは「一人」として数えられるのだろうか。この作品は、そういった作品なのである。

 

「知ってる? ほんものとおんなじに見えるのに、ほんものじゃないものは、レプリカって呼ぶんだよ」

 

静岡のとある海沿いの町、そこに住まう少女の素直。彼女が幼き日、親友との喧嘩を切っ掛けに生み出した存在、それこそが「レプリカ」、呼称名「セカンド」。自らはナオ(表紙)と呼ばれる彼女は、自分自身では何も持っておらず。ただ、本体である素直の都合が悪い日に、何処とも知れぬ空間から呼び出され便利に使われる存在であった。

 

「俺から話しかけたいときはどうすんの」

 

記憶を共有せぬが故、飛び飛びにしか存在しないナオの記憶。そんな日々が続く中、彼女が出会ったのは今まで交流もなかったけれど、彼女の属する文芸部に急に入部してきた同級生、秋也。彼との交流を素直に咎められ、突き放そうとするも彼の言葉に、心が熱くなって。気が付けばナオは、自分だけの髪型をし、彼にとっての見分けがつくようにしていた。

 

 自分が行けなかった遠足、その代わりに秋也に連れ出され学校をサボって向かった初めての遠足、動物園。何もなかった自分に初めて出来た、宝物のような経験。だがそれを、素直が咎めぬ訳もなく。結果としてナオの夏休みは無くなる中、久しぶりの再会で。秋也に隠されていた秘密が明らかとなる。

 

それは・・・是非に画面の前の読者の皆様の目で見届けて貰った方が良いであろう。夏の名残を惜しむように向かった穴場の祭り、そこで明かされるのはかつて所属していた部活を追い出された秋也の、心に燃える煮え滾る感情。だがその裏に隠されていた優しさをナオは看破し。彼女に背を押される形で秋也は、過去の因縁に真っ直ぐ立ち向かっていく。

 

 その姿に背を押されるかのように、ナオもまた素直と向き合う。今まで何も分かり合ってこなかった彼女と向き合い、少しずつ相互理解をして。だが、因縁にケリをつけた秋也の告白と、彼を襲ったアクシデントを肩代わりした事で。ナオは自分が異質な存在であるという事を否が応でも知らされる。

 

信じたかった、思いたかった、けれど思い知らされる、自分は人間ではないと。人の姿をしたナニモノか、であるという事を。痛かった、けれど何度でも再生する。自分は本当に自分か、何者なのか。

 

「私、ばかだったね」

 

何者なのか、それを決めるのは誰か。それこそは彼女を、ナオを求める者。素直ではなく彼女を求める者。自分の全ては借り物で、何も持っていないと思っていた彼女が持っていた自分だけの宝物。海に消えようとしていた彼女は彼によって助けられ、死ぬことを、終わる事を諦める事が出来たのだ。

 

彼女は人間ではない、言うなれば虚像。だが彼女に、恋をする権利がない訳はない。レプリカだって、恋をする。自分の心があって生きているのなら、それは正に「一人」と言えるのだから。

 

とーんとおっこちきる、少し不思議な舞台の中で繊細で初々しい心情が魅力のラブコメが繰り広げられているこの作品。何とまぁ、良い事か。まさに悦い、そういう他にない。正にレベルの高い、大賞も納得の面白さがあるのである。

 

ちょっと不思議なラブコメが見てみたい読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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