読書感想:元カノが転校してきて気まずい小暮理知の、罠と恋。

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 元カノ、それは別れ方によっては別れた後も一定の距離で付き合える存在であり、二度と会いたくもない存在であるかもしれない。けれど、忘れられぬ恋の残滓がある。そんな画面の前の読者の皆様は、果たしてどれだけおられるだろうか。

 

さて、前置きはここまでにするとして、画面の前の読者の皆様は「親友の彼女を好きになった向井弘凪の、罪と罰」という作品をご存じであろうか。何処か背徳感漂うタイトルのこの作品は、およそ七年前に発売された、ダッシュエックス文庫の創刊ラインナップに名を連ねた作品である。

 

そして、かの作品の作者様は何を隠そう野村美月先生である。この作品は、かの作品の舞台と同じ舞台なのである。

 

・・・この高校、恋愛関係が拗れた生徒が多いの? とツッコミたくなった画面の前の読者の皆様、どうかお待ちいただきたい。私もツッコミたいので。

 

 では、この作品は一体どういう作品なのか。簡単に言ってしまえばタイトル通り。既に終わった筈の恋が、また動き出すお話である。

 

高校生活を始めたばかりの、クラスに一人はいそうなタイプである、物静かな性格の中に恐竜への飽くなき情熱を秘めた少年、理知。

 

何でもない日々を重ねていた彼はある日、衝撃の相手と再会する。その相手の名はないる(表紙)。かつて理知と中学時代、秘密の交際をしていながらも急な転校で別れた元カノである。

 

気まずい、どう接していいか分からない。懊悩する間にないるはイケメンである級友、遥平と付き合いだし。ならば忘れてしまおうかと切り替えようとしたら、謎の先輩、沙音子の策略により、おもちゃの恐竜の卵を二人で孵化させる事になり。

 

急に始まった変化する日々。そんな中、理知はないるから目を離せず見つめ続ける中、彼女との間に本当は何があったのかに触れていく。

 

二人でいた時は孤高でもなかった。自分にだけ見せてくれる顔があった。けれど今、彼女は自分以外にその顔を見せ、記憶の奥底で彼女の不貞の記憶がとぐろを巻く。

 

理知があたしを殺したの。

 

けれど、まるであの日のように名前を呼ばれ。あの日の焼き直しのような光景の中、彼女の言葉の本当の意味が明らかとなる。それは、自分を守ろうとして必死に理知に縋ろうとして、まるで依存するかのように、彼をからめとろうとした彼女の弱き本心。

 

「いいや、オレが聞いたのは、健気な謀略と罠の歴史さ」

 

混乱する理知へと遥平は明かす。ないるが仕掛けた「罠」の正体。今も変わらぬ、彼を自分の元に縛り付けて共にありたいと願う、まるで燃えるようなどこか痛ましい恋心。

 

その心は、確かに理知の中へと届いていた、解放を願っていたはずの彼の心の中に、確かに傷跡を刻んで一つの激情を生んでいた。

 

「理性的でいられなくなって、我を忘れて、魂の根底から揺さぶられて、振り回されて―――それが恋よ」

 

その激情の正体を、沙音子は恋と呼んで、背中を押す。

 

そう、理性なんかじゃ測れない、制御できない。だからこそ、今、彼に必要なのは駆け出す事。傷つけ続けた彼女が本当に望んでいた、奇跡を見つけ出す事。

 

「ないるが好きです。もう一度、ぼくの彼女になってください」

 

永き停滞を越え掴んだ二人だけの奇蹟と、もう一度の告白。その答えはもう言うまでもないだろう。だってこの作品は、ハッピーエンドのラブコメなのだから。

 

青春とは遠回りである。痛みである。苦みである。だけど、温かくて甘い。それこそが青春であり、恋なのだ。

 

そんな野村美月先生の声が聞こえてきそうなこの作品。面倒くさい者同士、本当にお似合いだと祝福を送りたい、そう思うのは私だけだろうか。

 

痛くて重くて、けれど甘い青春ラブコメが好きな読者様。打ちのめされたい読者様にはお勧めしたい。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

元カノが転校してきて気まずい小暮理知の、罠と恋。 (ガガガ文庫 の 1-1) | 野村 美月, へちま |本 | 通販 | Amazon