読書感想:忘却の楽園I アルセノン覚醒

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 さて、突然ではあるが画面の前の読者の皆様に一つお聞きしたい。「綺麗なバラには棘がある」という言葉を聞いたことはあられるであろうか。綺麗なものには時に人を傷つける棘があると言うけれど、この作品のヒロインにもまた、人を傷つける棘が存在しているのである。

 

かつて、急激な海面上昇により世界の陸地のほぼ全ては海へと沈んだ。その後、僅かに残った陸地を巡り度重なる戦乱が繰り広げられ、その果てに人々を滅びから救う為、人類は「リーン」という名の無数の都市国家からなる統一国家を作り上げた世界。

 

かの国においては、信仰も火力も、そして科学も。あらゆる争いに繋がるものが管理され秘匿され、忘れ去られた楽園を作り上げていた。だが、そんな世界でも旧世界の遺物が人々を蝕んでいた。その名は「アルセノン」。「旧世界病」と呼ばれる病に罹患した者達が持つ、あらゆる代謝物を猛毒へと変えてしまう病である。

 

そんな世界の中、訓練船を卒業し社会へと踏み出していく三人の子供達がいた。その中の一人の名はアルム(表紙左)。この作品の主人公であり、管理の仕事を命ぜられた少年である。

 

 そして、アルムが管理を任せられた、船の中で秘匿されている少女、その名はフローライト(表紙右)。「アルセノン」を体内に宿し、監視されている少女である。

 

新たな監視役としてフローライトと関わる事になり、少しずつ、不器用にでも距離を詰めていくアルムとフローライト。

 

だがしかし、二人を取り巻く運命は、アルムと幼馴染の二人を取り巻く運命は、彼等の手が届かない程に遠く、そして残酷だ。

 

総統の補佐役を命じられたクリストバル、研究機関の中で父である、工業国ドラルの王の命に基づき、駒として動き回るオリヴィア。

 

三人を振り回し、翻弄するのは大人達の思惑。ドラル王の過去に縋りつく思惑。総統、グレンの未来へ向かう為の想い。

 

そんな陰謀の前に、アルムたちは唯の一つの歯車に過ぎず、それぞれの立場の中、翻弄されながらも大きな事態の中へと飲み込まれ、否応なしに引き込まれていく。

 

その中、分かり出していくアルムの封じられた過去、アルセノンの秘密。

 

「だからね、世界にわたしっていう存在を知ってもらったうえで・・・・・・わたしは生きて、死ぬべきだなって最近よく思うの」

 

翻弄と奔走の果て、見つけ出した願いと二人だけの秘密。それだけが彼等が勝ち取った変化。世界を変えようとする者達の思惑の中、振り回された子供達が手に入れた光。

 

世界は急には変わらない。けれど変えていく事は出来るから。

 

時に傷つけ、時に愛する。作者様が登場人物達をこれでもかと愛しているという事がよく分かるこの作品。

 

残酷ながらも美しい作品が好きな読者様、「人間」の物語が好きな読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

忘却の楽園I アルセノン覚醒 (電撃文庫) | 土屋 瀧, きのこ姫 |本 | 通販 | Amazon