読書感想:自分大好き梅園くんと、その信者ちゃん。

 

 さて、突然ではあるが画面の読者の皆様は自分自身の事はお好きであろうか。時に嫌いになる事もあるかもしれない、自分という存在。私とて時に嫌いとなる事もある。だが自分の一番の味方は自分自身、という言葉もあるらしいので。自分の事を好きでいる、というのはある意味大切なことなのかもしれない。

 

 

その自己愛が行き過ぎるとナルシスト、という事になるのだが。という訳でこの作品においてはそんなナルシスト、という主人公としては中々に珍しいかもしれぬ個性を持つ少年、和希のお話なのである。

 

「心のデトックス中に悪いんだが、泣き叫ぶなら移動してくれると助かる」

 

芸能一家に育つも、自身は特に芸能活動をしていない特異点がごとき存在、和希。ある日自撮りの為に訪れた校舎裏、そこで目撃したのはクラスメイト、らしい少女、絵里奈(表紙中央)がいじめを受け泣いている光景。しかし自分大好きナルシストな彼からすれば絵里奈は他人、どうでもいい存在。だったのだが彼女の一言に何処かカチンとなったのか、いじめ程度で自分への愛が変わらぬと証明する為、いじめを一緒に受ける事に。

 

「どうも、あなたの信者、第一号です」

 

結果、いじめを叩き潰すことに。それから半年、特に何もなく・・・と思いきや半年後、突如絵里奈はやってきた。和希の言葉を心の芯に、自分を変革させて。彼の圧倒的な信者として。和希からすれば鬱陶しいだけの存在、であるのかもしれぬ。しかし悪意ない彼女は既に、和希にとっては無視できぬ範囲の中に入り込んでしまっており。

 

 

結果、何故か絵里奈と行動する事に。全肯定型信者である彼女に時々調子を崩されながら。自分ひとりであったはずの世界に、気が付けば他者との関りが。絵里奈を虐めていたギャル、るあや彼と仲の良いオタク男子だったり、とつながりが増えていく。

 

その中で明かされていくのは、和希のナルシスト、の原点。それは先天的なものであったのか。否、それは後天的なもの。己を守るための仮面、心の鎧であったのだ。

 

「俺の落ち度は―――ひとりで生きていけると勘違いしてたことだよ」

 

それを明かしていく事は、絵里奈にとっての解釈違いを暴いていくようなもの。その中で起きてしまう、炎上事件。直接的には和希には関係ないことかもしれない。今までなら外の世界、自分にとってはどうでもいい事、と切り捨てていたかもしれない。けれどそれで困っているのは、放っておけない者。だから、踏み出す。自分の落ち度を認めて、自分で罪を背負って。

 

「ツーショットじゃなくて、この場のみんなで撮るってのはどうだ?」

 

それは確かな変化、確かな成長。自分だけではなく誰かを愛せるように。少しだけ変わった彼は、信者を傍らに進んでいくのである。

 

自己愛とコメディ迸る中、どこか生々しい面白さあるこの作品。ある意味青春らしい作品を見てみたい方は是非。きっと貴方も満足できるはずである。

 

自分大好き梅園くんと、その信者ちゃん。 (講談社ラノベ文庫) | 寿司サンダー, こむぴ |本 | 通販 | Amazon