読書感想:ドスケベ催眠術師の子

 

 さて、催眠術と言えばエロというカテゴリにおいて一つのジャンルとして確立しており、一定数のファンがいる訳であるが。画面の前の読者の皆様は、催眠術というものにどんな印象を抱かれているであろうか? ドスケベ、というエロ要素は抜きにしても、他人の身体の自由を奪う、他人を思い通りに動かす、という術であるという印象を抱かれている読者様も多いのではないだろうか。

 

 

 

しかし、実は催眠術、というのは悪用すれば悪いものとなる訳であるが、いい方向に利用すれば薬となる事もある。この作品も実はそんな作品なのである。ドスケベ催眠術、とタイトルで強く打ち出しているが本質的にはそこに向き合っていくお話なのだ。

 

 

ドスケベ催眠術師、山元平助。少し前に亡くなった彼は、「妖怪ドスケベ事件」という、都市伝説的に徘徊し遭遇したものの性癖を無差別に発露させる事件を起こしたり、女子中学生に淫夢を売るわ、百人の女子高生をママにした、だとか、宗教団体を丸め込んだり、とかドスケベなエピソードに事欠かぬ男。その息子である沙慈は、小学校の作文でその事実を発表してしまったが故にひどい目に遭い。両親の離婚と転校を経て、今はかつての過去を振り切って生活していた。

 

「俺を知っているのか?」

 

「モチのロン、倍満一万六千点」

 

 

 そんなある日、彼の通う高校、同じクラスに転校してきた少女、真友(表紙)。彼女があいさつ代わりに繰り出したのは、「ドスケベ催眠術」、沙慈が心から忌む技の一つ。催眠術が全く効かないという特異体質を誤魔化そうとする彼に、真友は貴方を探していたと声を掛けてくる。

 

 

彼女が沙慈を探していた理由は一つ。それは彼女は実は平助から何らかの催眠術をかけられており、それを解くためには「仲間を作る」、という条件が必要だったから。 彼女が所持していた平助のノートには、沙慈もまた何らかの術をかけられているという事が書かれており。ロジカルに、合理的に考え細かい条項を考えた契約を結び。 真友の助手となる事となる。

 

 

沙慈からしたら、ドスケベ催眠術は忌むべき技術。しかし真友はその術を、誰かを助ける為に使っていた。 高校デビューに失敗した引きこもり、まひるに自信をつけさせる為に術を使ったり。 実は真友ととある因縁があった同級生、類が沙慈をバカにした事にキレて。その全てを忘れさせるために術を使う。

 

「何が、平助を変えたんだ?」

 

その行いは、沙慈からすれば想像もできないもの。ドスケベ、というものに全力であった記憶の中の姿と、その術を引き継いだはずの真友とどうしてもイメージが重ならない。 その最中、ちょっとだけ思い直して真友と本当の友情を築いた事で、真友にかけられていた術が解かれ。彼女の中に封じられていたものと引き換えに、ドスケベ催眠術が使えなくなり。 同時にクラスにドスケベ催眠術師がいる、という話が持ち上がり。 沙慈が声をあげた事で、彼へと注目が集まるも、まひると類の手助けで何とか彼への汚名を防ぐことに成功する。

 

 

『直接言えなくて、ごめんね』

 

 

その最中、沙慈に届けられるのは平助の遺品の中にあったビデオメッセージ。そこにあったのは、沙慈にかけられた催眠術の正体。 その正体は不器用な愛。 催眠術師だから、これしか出来ないから。 でもせめて、子供が誇れるように、と。子供の為に変わろうとした不器用な父親の愛。

 

その愛を受け、沙慈にかけられた術も解ける。だからもう、この術は要らない、その筈だった。

 

「その賛辞も、非難も、軽蔑も、すべて私のもの」

 

 

だけど、真友はこの術をまた抱え込む事を選ぶ。 植え付けられた意思ではなく、己の意思で。今度は自分の意思で選んだ彼女の傍に、彼もまた友達として並ぶのだ。

 

 

タイトルからは予想外に、意外とハートフル、ほろりと来るかもしれぬ家族愛もある、ある意味でここにしかないドスケベな青春が楽しめるこの作品。 スケベ、故に瑞々しい面白さに触れてみたい読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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