読書感想:蒼と壊羽の楽園少女

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 さて、突然ではあるが画面の前の読者の皆様。貴方は抜けるような青い空はお好きであろうか。もしお好きであるなら、どんな場所であれば、そういう空は映えると思われるであろうか。

 

 ごみごみとした、コンクリートだらけの街の空では映えないかもしれない。何処かの山の上、周囲に何もない状況であれば映えるかもしれない。

 

 では、もし空と海以外に何もなかったら? 世界から、海と空以外の何もかもが消えてしまったとしたら、その世界の空はどこまで映えるのであろうか。その一つの答えとなるのが、この作品である、のかもしれない。

 

かつて、「魔女」と呼ばれた強大な力を持つ者達がこの世界を導いていた。だが、「魔女」はいつの間にか消え去り、高度な機械文明を極めたが故に報いを受けるかのように、世界の陸地のほぼ全ては海へと消え、今や人々は空を往く船団や、海を往く巨大な生物の上といった、僅かな領土にしがみつき生き延びるのみ。

 

 誰もが必死に、けれどこんな世界でも楽し気に。そんな世界の片隅、「セフィロト」と呼ばれる拠点を繋ぐ鉄道を運営する組織で働く駅員の少女、イスカ(表紙左)はある日、運命的な出会いを果たす。

 

魔女が遺した機械人形の成れの果て、「ヴィスク」。そんな名前で呼ばれる者達との戦いの中、出会った少女の名はアメリ(表紙右)。自らを「魔女」であると語る、謎の少女である。

 

飛空艇船団に彼女を送り届けてほしいという、謎の人物からの依頼。遂行する前に逃走したアメリ。彼女を追う中、ふとしたトラブルから交わした約束。

 

「イスカちゃん。わたしを《楽園》まで連れていってくれませんか?」

 

 約束の為に、彼女の騎士として。イスカはアメリよりお願いを受ける。本当に存在するかも分からぬ、最後の大地が遺され「魔女」達が今も生きていると言われる場所まで自分を連れていってほしいと。

 

イスカの知己の人物による情報により、海を往く巨大な生物の上に築かれた大国、カナンの深奥を目指す二人。

 

だが、彼女達は追われている。お尋ね者として、利用すべきモノとして。その相手は一つだけに非ず。幾つもの国と組織が二人を狙い、策謀を巡らす。

 

火種が今にも爆発せんと燻る大国の幹部、その裏で糸を引く謎の犯罪組織の幹部達。

 

昏き策謀は彼女達へと常に追手の手を伸ばし、自らの手元に飲み込まんと迫り来る。

 

「ぼくが届けるよ。一緒に行こうね、楽園に」

 

だが、立ち止まらない。二人は進み続ける、例え行く先に死闘が待っているとしても。何故なら、その胸の中にはお互いに交わした約束があるから。旅の中で繋いだ確かな絆があるから。

 

一度滅び、新たに作り直されたが故に未知の風が強く香る独特の世界観、その中で繰り広げられるは、銃声と鋼線の音色が木霊する熱き戦い。

 

これに燃えずしていつ燃えれば良い。正に飲み込まれるかのよう、引き込まれるかのよう。何処までも真っ直ぐに作り込まれたファンタジー。故にこの作品は面白い、そう胸を張って断言したい。

 

王道なファンタジーが好きな読者の皆様、見果てぬ世界が好きな読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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読書感想:魔神に選ばれし村人ちゃん、都会の勇者を超越する

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「親友」であり「好敵手」。そういう関係は、きっと何よりも熱く眩しい関係。画面の前の読者の皆様はどう思われるであろうか。もしそんな関係の二人が女の子同士だったらどうなるのか。その答えはすべてこの作品の中に存在している。

 

さて、突然ではあるがここで画面の前の読者の皆様、貴方方に一つ問いを投げかけたい。この作品の作者である年中麦茶太郎先生と言えば、貴方方は何の作品を連想されるだろうか。その中に、マホテキこと、剣士を目指して入学したのに魔法適性9999なんですけど!?シリーズを連想される方はどれほどおられるだろうか。

 

かのシリーズのファンの読者の皆様、どうか安心してほしい。この新シリーズは、正しくマホテキの系譜を継ぐ作品であり、原点回帰と言っても過言ではない作品なのである。

 

いつからあるのかも分からぬ「ダンジョン」。かの迷宮を探索し富を得る「探索者」。神から与えられ人間に超常的な力を齎す「加護」。

 

 そういうモノがあるとある異世界の片隅。王都へ向かい、一人の少女が旅立った。彼女の名はリリィ(表紙)。伝説の女剣士ブレンダに生まれた直後にダンジョンで保護され、「魔神の加護」という誰も知らぬ加護によりとんでもないパワーを秘めた、末恐ろしい女の子である。

 

ブレンダの死により天涯孤独、頼れるのはブレンダの知り合いであると言う女性のみ。だが、お上りさんなリリィは王都に到着して早々、ダンジョンへと入ってしまい一週間も彷徨う事になり。

 

かのダンジョンの中、リリィは運命的に一人の少女と出会う。その名はノエル。四歳年上の女の子であり、聖剣の使い手である女の子である。

 

 かの出会いから、リリィの王都での生活は本格的に始まる。だが、始まったのはそれだけではない。ノエルにとっての未知の体験も、同時に始まったのである。

 

「お願い・・・・・・置いて行かないで・・・・・・」

 

自分にあるのは加護と鍛錬が齎した強さ。けれど、リリィは容易く、その天才性で以て上を往く。導いていこうと思った。けれど彼女はいとも容易く、何も気づかぬうちに自分を追い抜いて行った。

 

初めての挫折、初めての嫉妬。だけど、負けたままでは終われない。堂々と向き合える自分になりたい。

 

なればどうするか。答えは簡単。また戦おう。彼女の知らぬ強さを胸に、今度こそ彼女に勝つために全力で。

 

「分かりました。戦いましょう!」

 

「ありがとう、リリィ。全力で征くわ」

 

恨みも呪いも越え、純然にただ、貴方に勝ちたい。だからこそ、お互いがお互いしか見えなくなるほどに全力で、真っ直ぐに。

 

弾けるほどに全力で、幼き故に真っ直ぐだからこそ熱く。正に子供特有の全力の熱さが溢れている。だからこそ、この作品は面白く、一種の感動を伴って楽しめるのである。

 

年中麦茶太郎先生のファンの読者の皆様。カワイイ女の子達の戦いが好きな読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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読書感想:尽くしたがりなうちの嫁についてデレてもいいか?2

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前巻感想はこちら↓

読書感想:尽くしたがりなうちの嫁についてデレてもいいか? - 読樹庵 (hatenablog.com)

 

 さて、前巻を楽しまれた読者様であればもうご存じであろうが、この作品の主人公の湊人とヒロインのりこ。この二人は既に結婚している。そして言わば、両片思いと言っても差し支えないもどかしい二人である。では、言わば「契約結婚」という器が既に出来ている状態の二人に足りないものは何であろうか? その答えはきっと簡単、只一つ。「愛」という、器を満たす只一つの奔流である。

 

そんな二人をある意味で後押しするかのように、唐突に厄介事が風のようにやってくる。

 

それは、校内新聞による二人の熱愛のスクープ。唐突な露呈により、二人の関係は(ある意味で)公になってしまったのである。

 

「・・・・・・ねえ、りこ。いっそ付き合ってるってことにしちゃうってのはどうかな?」

 

結婚のことまで晒されるのは非常にまずい。それを隠すという意味でも、湊人からもたらされたいっそ恋人同士として振る舞うという提案。

 

それは、新たな関係性へのステップアップの呼び水。家だけではなく、学校においてもいちゃつける大義名分を得たりこが止まる訳はない。

 

「うん。私が湊人くんを大好きで、告白したの。だからね、私、今すっごく幸せなんだぁ」

 

級友達に問い詰められ、まるで夢見る乙女かのようにふんわりと、だが確かに幸せ一杯の様子でのろけてみせて。

 

「湊人くん、今日はこのまま恋人っぽく帰ろ?」

 

誰が見ているかも分からないと言う名目の元、恋人らしく手を繋いで帰ったり。

 

 秘密の「夫婦」だけではなく、「恋人同士」。確かに変わった関係は角度の違う甘さを齎し、湊人を少しずつ、りこの隣に立てるようにと背を押していく。

 

幸せにするためとお金を株で増やしていたり、一挙手一投足から目が離せなかったり。

 

幸せに溺れるかのような日々の中、隣に並び立つに相応しい存在となりたい。過去を越えつつある湊人は思い出す、かつて幼き頃、りこと同じ時を過ごしていた記憶を。

 

始まりは同じ、而して一部記憶は食い違い。けれど、確証も自信もないけれど。それでも自分だって好きになった。想いに応えたいと、願う事が出来た。

 

「ねえ、湊人くん。この虹も、今日の奇跡も、私一生忘れないよ」

 

だからこそ、リベンジの初デート。雨上がりの奇跡のように架かった虹が見守る中で臆病を越えてその一歩を。越えて二人の心は結ばれる。器に中身が満ちた時、二人の関係は真の意味で完成するのである。

 

夫婦だけではなく恋人として。時にデートしたり、プレ新婚旅行に出かけたり。愛も恋も深まり、また一歩、夫婦を越えた夫婦になっていく。だからこそこの作品は甘い、そして面白いのだ。

 

 

何気ない日々の中の甘さが好きな読者様、前巻を楽しまれた読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

尽くしたがりなうちの嫁についてデレてもいいか?2 (GA文庫) | 斧名田マニマニ, あやみ |本 | 通販 | Amazon

 

読書感想:男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 2. じゃあ、ほんとにアタシと付き合っちゃう?

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前巻感想はこちら↓

読書感想:男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 1. じゃあ、30になっても独身だったらアタシにしときなよ? - 読樹庵 (hatenablog.com)

 

 さて、男女の友情、そしてビジネスパートナーとしての友情を描き、新感覚のラブコメとして今話題をかっさらっているこの作品。だが、前巻を楽しまれた読者の皆様であれば覚えておいでであろう。主人公である悠宇と日葵は、お互いの中に芽生えた恋心に気付きつつあると言う事を。

 

友情ではなく恋。果たしてそれは良い物なのか、それとも悪いものなのか。友情に恋は必要か、はたまた不要か。だが、確かに変化は始まってしまった。そして変わり始めてしまったのであれば、もはや止まる事は許されぬ。

 

「ゆ、悠宇め、やってくれるじゃん・・・・・・」

 

何気ない相手のスキンシップ、態度に心揺らされながらも表面上はいつも通りの余裕を保ち。だが、変化の炎に薪をくべ油をぶっかけるかのように、新たな波乱が巻き起こる。

 

 それは、悠宇がアクセサリー作りに集中し過ぎたが故に中間試験の答案用紙を全部白紙で出してしまったという事、更にクリエイターとしての悠宇の身バレである。

 

怒涛の如く巻き起こる波乱の中、表面化するのは親友同士でありながら対等ではない悠宇と日葵の関係性。並び立つのではなく、どちらがどちらかに、まるで依存するかのように寄りかかって出来てしまった今の関係。

 

「だって、ゆーくんのこと好きなんだもん・・・・・・」

 

隣にいるけれど特別ではない、だけど隣は譲れない。しかし、今。強力なライバルはすぐ側にいる。自分の好きな悠宇であってほしいと願う日葵とは違い、全部を受け止めると宣言する凛音が。

 

真の親友であるためにはまだ足りぬ。両想いになるにはまだ遠く。もどかしい関係の中、悠宇を襲うのはいつかは来るはずだったクリエイターとしての試練。自らの好きを否定され傷つけられた時、何を思いどう進むのかという大切な道を見出す為の関門。

 

心折れ道を見失い。そんな彼を突き放す日葵。

 

「だから、作りたくなったら、いつでも言ってね。アタシ、ずっとここで待ってるから」

 

だが、その言葉もその想いも、逃げではなく立ち向かうための想い。運命共同体として、ビジネスパートナーとして。彼女が願い選ぶ、彼の支え方、受け止め方。

 

恋心は綺麗なだけじゃない。時に呪いだ。醜い呪縛だ。けれどどんな醜い種でも、大輪の花にだってなれるから。

 

支えるのは凛音も出来る。けれど、ぶつかり合ってお互いに立ち直らせるのは、日葵だけにしか出来ぬ。

 

恋と友情と夢。青春の瑞々しい日々の中、思春期そのものの感情をぶつけ合いお互いに成長していく悠宇と日葵。

 

だが。その深まりは諸刃の剣。深入りする程に戻れなくなる。そしてもう、ゴメンナサイじゃ終われない、止まれない。

 

青春ど真ん中の瑞々しさ溢れるラブコメが好きな読者様、前巻を楽しまれた読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!) Flag 2. じゃあ、ほんとにアタシと付き合っちゃう? (電撃文庫) | 七菜 なな, Parum |本 | 通販 | Amazon

 

 

読書感想:月刊ニュータイプ 2021年5月号(忘れさせてよ、後輩くん第二回)

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さて、今宵も録りためたアニメを消化されている画面の前の読者の皆様はどれほどおられるのだろうか。そろそろ各アニメの第一話も放送され、皆様の心の琴線に触れる作品も見えてきたのではないだろうか。因みに私の現時点での推しアニメはスーパーカブ、SSSS.DYNAZENONである。ではここからは、私的な本命であるあまさきみりと先生の連載小説、「忘れさせてよ、後輩くん」第二回についての感想を書いていきたいと思う。 

 

(以下より感想)

 

「陽炎の夏」、それが始まると告げられた夏梅の脳裏に去来する春瑠との恋の始まり、初恋を抱いた日の記憶。両親が離婚し、歪んだ教育思想を持つ父親に育てられる事になり、窮屈な日々の中で光になってくれた彼女。

 

「・・・・・・失った人以上の大切な存在に・・・・・・なってあげることね・・・・・・」

 

そんな彼女への想いは否応なく高まる。そう、もう止まっていたはずの恋心は動き出している。道程のヒントを母親から貰い、春瑠を探し飛び出す夏梅。

 

見つけた彼女をスクーターの後ろに乗せ各地を回り。学校をサボって市民プールで泳ぎの特訓をしたり。

 

「・・・・・・いつの間にか冷めきった大人になったんです。私も、夏梅センパイも」

 

昼休みになってようやく登校した学校、一人でいつもの場所にいた冬莉と過ごす久しぶりの昼休み。

 

 確かに今までは冷めきっていたのかもしれない。けれど今、もう彼の心は動き出している。久しぶりの充足を拒まず、受け入れるその心は変化の萌芽の証。

 

 

だが、まだ何も始まっていない。「陽炎の夏」の現象はまだ始まっていない。なればこの先、果たして何が起きてしまうのか。

 

来月号ではいよいよ始まるのか。この切なさと寂寥の中の変化に否が応でも期待が高まる第二回である。

 

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読書感想:世界征服系妹2

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前巻感想はこちら↓

読書感想:世界征服系妹 - 読樹庵 (hatenablog.com)

 

 さて、前巻を読まれた画面の前の読者の皆様は既にご存じであると思われるが、この作品の方向性と空気感はゆるい方向である。世界を征服できる力を持っているけれど、義兄に勝てない義妹の檸檬が、何でもない日常を過ごしていくお話である。では今巻では一体どんな話が繰り広げられるのか。安心してほしい、今巻でも前巻とは変わらないので。

 

「ほんの三十分前のことだろ。時効も成立せず、今月はおやつと小遣いなしな。白木のおっさんにも話して、謝礼も渡さないようにしておくから」

 

相も変わらず、檸檬が簡単にドラゴンを召喚して騒動を巻き起こし。そんな彼女に太一が正座させてお説教からのお仕置きを課し。そんな変わりのない日々が今日も続く中、異世界から騎士のアインと魔法使いのソフィーの姉妹が、檸檬を連れ戻すべく世界を越えてやってくる。

 

「え、ヤだけど」

 

だがしかし、無論それを受ける檸檬ではなく。あっさりと檸檬に拒絶され、宙ぶらりんな状況に陥ってしまう姉妹。

 

檸檬はこっちで育った俺の家族だが、そっちの世界には他の親族や関わりのある人達がいるんだしな。喧嘩別れしたくないし、それなりにいい付き合い方が出来たらなと思ってるんだよ」

 

そんな二人へ太一は救いの手を差し伸べ、帰る手段が取れるようになるまで家にいてよいと許可を出す。

 

 ではこの先に待っている展開は何か。それはもう、画面の前の読者の皆様も何となくお分かりなのではないだろうか。アインとソフィーの異世界生活、異世界文化に触れた彼女達の生活が面白く描かれるのである。

 

「・・・・・・・・・いつの間にやら、こんなことに・・・・・・」

 

いつの間にやらソフィがゲームに、それこそ廃人レベルで熱中してしまったり。アインが日本の食文化に嵌って大食いの一面を開花させたり。

 

新しい仲間を加え何でもない日々を過ごしながら、最後は帰還をかけてぶつかり合って仲直り。穏やかに、緩やかに。前巻と変わらぬ優しさと温かさと穏やかさ。そんな面白さは今巻でも変わらない、そして更に深まるのである。

 

「だからね、いいの。魔法が使えても使えなくてもあたしはあたしだし、血が繋がっていてもなくてもお兄ちゃんはお兄ちゃんだし。焦ることなく、じっくりのんびり―――向こうの世界も手中に収めるよ!」

 

照れ隠しなのか、マジなのか。それは両方、だって檸檬だから。世界最強の義妹だから。

 

前巻を楽しまれた読者様、どこぞののんのんびよりのような作品が好きな読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

 

 

 

 

 

読書感想:家出中の妹ですが、バカな兄貴に保護されました。

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 さて、突然ではあるが画面の前の読者の皆様にお聞きしたい。貴方にとって「自由の象徴」と聞くとどんなものを想像されるだろうか。人は時に解放を願い、何かに思いを馳せる。では一体、人は何に解放を願うのだろうか。

 

その答えの一つとして挙げられるもの、それは恐らく「空」であろう。画面の前の読者の皆様も、空を題材にした開放感のある曲を耳にしたことはあられるかもしれない。それほどに、人は空を往く鳥や飛行機に、時に解放を願い、託してしまうものなのかもしれぬ。

 

 では、この作品は一体どんな作品なのか。その答えは一つ。「解放」を願う二人の「再生」を描いた作品である。

 

もう二度と、戻る事など無いと思っていた。けれど、戻ってきてしまった。進学を機に故郷を捨て、今、研究室所有の飛行場の監督として舞い戻ってきた青年、龍二(表紙後方)。彼の胸の中に宿った願いは一つ。欠陥機と言われた実験用飛行機を空へと飛ばす事。

 

「・・・・・・だから戻ってきたくなかったんだよ、俺は。どうせこんなことになるんじゃないかって気がしてたんだ」

 

が、しかし、彼の願いに暗雲を齎すかもしれぬ先客が既に飛行場の中に潜んでいた。その名は樹理(表紙中央)。龍二の腹違いの妹であり、地元では有名な不良少女である。

 

大学の仲間達の執り成しにより、実験場の片隅に居場所のない彼女を住まわせる事になり。ところが実験場を荒らされ早々に迷惑をかけられ。

 

それでも、彼女は彼の傍を離れようとはしなかった。それは何故か。それは、寂しかったから。強がって吼える狂犬の心の奥底、眠っていたのは泣く子犬。

 

「・・・・・・ごめんな、アニキ」

 

言いたかった言葉すらも簡単に言えなくて。甘えたくても甘えられなくて、迷惑をかけてしまって。

 

そんな二人は、樹里が友人と共に試験用の飛行機の操縦者に選ばれた事を切っ掛けに向き合い、お互いを見つめ直す。身に纏った棘だらけの鎧をぶつけ合って、少しずつ余計なものを脱ぎ去って、お互いに不器用に寄り添っていく。

 

「なら俺が、アイツのことを守ってやる。俺はアイツの兄貴だ。このクソみたいな世界で唯一の、アイツの兄妹なんだから」

 

樹理の友人に不器用にも乱暴に背を押され、そして再び忌むべき影が二人の間に影を落として。その時、龍二は立ち向かう事を決意する。兄として、あの時向き合えなかった分を取り戻す為に。

 

「落ちるのはもうやめにしよう、アニキ。自由に生きる翼を、オレはアニキに貰ったんだ。オレにはそれで充分だ。くだらない悩みなんて全部忘れて、どこまでだって飛んでいける。だからアニキも、終わったことなんて全部忘れちまえよ」

 

だが、その選んだ方法は自分を犠牲にし、地獄へ堕ちていくような忌むべき方法。だからこそ樹理はそれを止める為に彼の前に立つ。彼からもらった自由の翼で飛んできて、彼を妹として止めようと必死に。

 

この作品は「再生」のお話である。傷ついた不器用な兄妹がひと夏のふれあいで、大切なものを取り戻し未来へ進んでいく翼を得るお話である。

 

故にこそ、どこか透き通るような尊さがあり、それが面白いのである。

 

「再生」のお話が好きな読者様、単巻で綺麗に纏まっている読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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