読書感想:家出中の妹ですが、バカな兄貴に保護されました。

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 さて、突然ではあるが画面の前の読者の皆様にお聞きしたい。貴方にとって「自由の象徴」と聞くとどんなものを想像されるだろうか。人は時に解放を願い、何かに思いを馳せる。では一体、人は何に解放を願うのだろうか。

 

その答えの一つとして挙げられるもの、それは恐らく「空」であろう。画面の前の読者の皆様も、空を題材にした開放感のある曲を耳にしたことはあられるかもしれない。それほどに、人は空を往く鳥や飛行機に、時に解放を願い、託してしまうものなのかもしれぬ。

 

 では、この作品は一体どんな作品なのか。その答えは一つ。「解放」を願う二人の「再生」を描いた作品である。

 

もう二度と、戻る事など無いと思っていた。けれど、戻ってきてしまった。進学を機に故郷を捨て、今、研究室所有の飛行場の監督として舞い戻ってきた青年、龍二(表紙後方)。彼の胸の中に宿った願いは一つ。欠陥機と言われた実験用飛行機を空へと飛ばす事。

 

「・・・・・・だから戻ってきたくなかったんだよ、俺は。どうせこんなことになるんじゃないかって気がしてたんだ」

 

が、しかし、彼の願いに暗雲を齎すかもしれぬ先客が既に飛行場の中に潜んでいた。その名は樹理(表紙中央)。龍二の腹違いの妹であり、地元では有名な不良少女である。

 

大学の仲間達の執り成しにより、実験場の片隅に居場所のない彼女を住まわせる事になり。ところが実験場を荒らされ早々に迷惑をかけられ。

 

それでも、彼女は彼の傍を離れようとはしなかった。それは何故か。それは、寂しかったから。強がって吼える狂犬の心の奥底、眠っていたのは泣く子犬。

 

「・・・・・・ごめんな、アニキ」

 

言いたかった言葉すらも簡単に言えなくて。甘えたくても甘えられなくて、迷惑をかけてしまって。

 

そんな二人は、樹里が友人と共に試験用の飛行機の操縦者に選ばれた事を切っ掛けに向き合い、お互いを見つめ直す。身に纏った棘だらけの鎧をぶつけ合って、少しずつ余計なものを脱ぎ去って、お互いに不器用に寄り添っていく。

 

「なら俺が、アイツのことを守ってやる。俺はアイツの兄貴だ。このクソみたいな世界で唯一の、アイツの兄妹なんだから」

 

樹理の友人に不器用にも乱暴に背を押され、そして再び忌むべき影が二人の間に影を落として。その時、龍二は立ち向かう事を決意する。兄として、あの時向き合えなかった分を取り戻す為に。

 

「落ちるのはもうやめにしよう、アニキ。自由に生きる翼を、オレはアニキに貰ったんだ。オレにはそれで充分だ。くだらない悩みなんて全部忘れて、どこまでだって飛んでいける。だからアニキも、終わったことなんて全部忘れちまえよ」

 

だが、その選んだ方法は自分を犠牲にし、地獄へ堕ちていくような忌むべき方法。だからこそ樹理はそれを止める為に彼の前に立つ。彼からもらった自由の翼で飛んできて、彼を妹として止めようと必死に。

 

この作品は「再生」のお話である。傷ついた不器用な兄妹がひと夏のふれあいで、大切なものを取り戻し未来へ進んでいく翼を得るお話である。

 

故にこそ、どこか透き通るような尊さがあり、それが面白いのである。

 

「再生」のお話が好きな読者様、単巻で綺麗に纏まっている読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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