読書感想:この物語を君に捧ぐ

 

 さて、私は別に自分語りをする訳ではないが、自慢でもないがラノベ読み歴十数年である。そんな歴まで言ってしまうと、正直流行もテンプレも移り変わりを色々な年代見届けている訳で、この作品、この後どうなるか、という予想もまぁまぁ出来てしまったりする。これもまた一つの楽しみ方ではあると思うが。それはさておき、この作品は感動必至と銘打っている。正直、私はそう言われると、では私を感動させて見せてくださいと挑まれる気持ちになる訳であるが。先に言ってしまえば、じーんと、心に刺さるものがこの作品には合った、と先に言っておきたい。

 

 

高校三年生、日々を無気力に過ごし、もうすぐ進む大学においてもっと人間関係が希薄な日々を望む少年、悠人(表紙左)。彼の心の中、残る棘。それはかつて中学生時代、小説家としてデビューするも、今は筆を折ってしまったと言う事。

 

「書いてください。あなたの、小説を」

 

そんな彼の元にやってきたのは一年生、琴葉。彼の編集者を名乗り、小説を書いてほしいとぐいぐい来る彼女。担任から聞き出して一人暮らしの彼の家にまで押しかけてきて。編集部、という部員一人だけの部活に所属している彼女は、悠人の読書感想文に物語を見出し、物語を書きたいんだと叫んでいると言って。

 

「もし本当に小説を書いてくれるなら、わたしは命だって懸けられます」

 

悠人が冗談で、ならここから飛び降りれるのかと言ったら、躊躇いなく橋の上から川の中まで飛び込んで見せて。その熱意に根負けし、悠人は作品を書く事となり。全国にまではいけるも受賞経験のない演劇部の、次の演劇の脚本を書きあげる事となる。

 

琴葉の調べてきた情報を元に、時に彼女と意見をぶつけ合ったり、かつての編集者である果穂に帰還を喜ばれたりしながら。まずは初稿を書き上げ好感触、この脚本で行く事となり、修正し第二稿。息抜きで訪れた水族館で琴葉の昔の同級生に再会し、彼女の夢を心配され。それに対し言い返した事で、悠人は琴葉に筆を折った理由を明かす。ネット上の邪推に反応してしまった事で炎上を招き、物語を書く理由であった妹、遥香を傷つけてしまったという事。それでも、と琴葉に引っ張り出され、自分の書いた脚本の結実の場となる文化祭の舞台へと向かい。自分の物語が感動を齎す事が出来た、という救われる話を知り。琴葉によってこっそり招かれていた遥香とも再会し、蟠りを解く事にも成功する。

 

けれど、本当の波乱はここから。突如倒れてしまう琴葉、搬送された病院で教えられたのは彼女が脳の病気を患っていて、手術すれば治りはするが、代わりに言語中枢、編集者という夢を失うという事。物語だけが生きる力をくれた、という彼女は最後まで自分らしく生きたいと言って、転院するために悠人を突き放す。

 

物語を書く力を取り戻し、それで良かったのか。否、言い訳はない。彼女がいなくなる不幸な結末は、許容しないと言うのなら、どうすればよいのか。

 

「あいつの心に届かせるための破壊と再構築だ」

 

ならばやるべきは一つ、その手にある取り戻した力を。気の遠くなる程の改稿、演劇の脚本を元に、己の命すらも削って全てを込めて。あらすじもなにもかも破壊して、また生み出して。

 

 

「生きて欲しいんだ」

 

生きて欲しい、共に。自分の事を信じて、自分の物語に救われたからこそ、自分の担当編集者になりたいと全てを捧げて引き戻してくれた彼女の為に。新たな物語として生み出された物語を、彼女の心に届けて。死へと向かおうとしていた彼女の心を、生へと引き戻して。

 

「ああ。きっと、必ず、いくらでも、君のために」

 

その先にたどり着くのは、やっぱり失われてしまったもの、だけど確かな希望が続く未来で。約束を胸に、たった一人君の為、君に捧ぐ物語という恋文を重ねていく日々。確かに続く二人の道なのだ。

 

まさに「生きる」という事を問いかけ、突き刺し、語りかけてくるこの作品。確かに泣ける、感動する。私の感性的に言えば間違いない。確かに心熱くなるのである、感動で。

 

この物語を君に捧ぐ (講談社ラノベ文庫 も 4-1-1) | 森 日向, 雪丸 ぬん |本 | 通販 | Amazon