読書感想:ひとつ屋根の下、亡兄の婚約者と恋をした。

 

 さて、時に画面の前の読者の皆様は、まぁアニメとしては古典の部類に間違いなく入るのだが、「めぞん一刻」というアニメをご存じだろうか。あのアニメにおけるヒロインは、アパートの管理人である年上の女性、響子さんだった訳であるが。かの響子さんとこの作品のヒロイン、志穂(表紙)には二つの共通点がある。それが何か、皆様はお分かりになられるだろうか。

 

 

それは主人公から見て年上という事。そして忘れられぬ人がいる、という事。この「忘れられぬ人がいる」、というヒロイン像は中々ラノベにおいてもアニメにおいても見かけぬものかもしれない。一体なぜなのだろうか。それはもしかすると、ラブコメとして話が作りにくい、という事だからかもしれぬ。この作品はそんなラブコメに真っ直ぐに挑んでいるのである。

 

「これからは私が健の代わりに傍にいる」

 

 

実年齢よりは成熟した精神性を持つも、まだまだ子供な少年、稔。彼の唯一の家族である兄、健は二十四歳という若さで病気にてこの世を去ってしまった。悲しみに暮れる彼に葬儀の場で声をかけてきた志穂。生前、最期に健から彼の事を託されていたという彼女が保護者になることになり。兄の婚約者であった彼女との奇妙な共同生活が始まる事となる。

 

家族、というにはほど遠く。だけど他人というには、ほど近く。名前の付けられぬ曖昧な距離感の中で。

 

「私も協力する。二人で一緒に健の夢を叶えよう」

 

兄の遺品整理の中、鍵のかかった引き出しの中からみつけたのは兄の手帳。そこに書かれていたのは思い出の味、そして子ども食堂をいつか開きたい、という兄の夢。遺されたその夢を、兄の生きた証を残したいと稔は願い。志穂もまたそれに賛成し、子供食堂を開くと言う夢を叶える為、二人で行動する事となる。

 

まずは人脈探し、そして料理の修業。健と志穂の思い出の喫茶店でバイトする事になり、そこで保護猫カフェを開きたいと言う同僚、帆乃香に出会い。少しずつ夢への道が開けていく中、稔の心の中には一つ、疑問が湧いてくる。

 

それは健の遺言の意味。自分の知る兄は、志穂に稔を託すような性格ではなかった。遺された者に縛り付けるような事を言い残すような男ではなかった筈。では一体、どういう事なのか? その違和感に隠された真実は、志穂の恋のライバルであった女性、悠香が持ってきた兄からの置き土産である手紙の中に。

 

兄の思い、それは思われていた真実とは逆。志穂の事を思うからこそ、稔に志穂をお願いするために。縛り付けるのではなく、共に手を取り合い幸せになって欲しい、という思い。その思いを知り、稔は改めて自分の意思で、志穂に家族になって欲しい、と手を伸ばす。

 

「だから、その前に伝えたいことがあるんです」

 

この作品はいつか、作中時間において二年後にハッピーエンドへ導かれる。そこへ至るまでの道は、まだ始まったばかり。それは誰にも祝われぬ茨の道、かもしれない。その道で育まれる懊悩も苦悩もなにもかも、まだ始まったばかりなのだ。

 

切なさと悲しみが根底にある、どこかビターなラブコメであるこの作品。ちょっと心に沁みる作品が見てみたい読者様は是非。きっと貴方も満足できるはずである。

 

Amazon.co.jp: ひとつ屋根の下、亡兄の婚約者と恋をした。 (GA文庫) : 柚本悠斗, 木なこ: 本