さて、ラブコメと言うものは往々にして舞台は「青春」である、というのは画面の前の読者の皆様と共にの共通認識で考えておきたいとして。ここで一つ、画面の前の読者の皆様に問いかけてみよう。「青春」とは、ラブコメとは「特別」なものであり、画面の前の読者の皆様もそれをお求めであるだろう。では、本当の意味で「大切」なものとは一体何であろうか? 「特別」もまた、大切である。だが、「特別」だけで何もかもは成立させられるのか?
その答えは、きっと恐らく否。私はそう言いたい。「特別」というのは何でもない「平凡」な時間があってこそ。「平凡」があるからこそ、「特別」は際立ち、成り立つのではないだろうか?
この作品はそんな作品である。「平凡」な日常、その幸せを描いている作品なのである。
別に陰キャラでもないけれど陽キャラでもない、カースト底辺でもなければトップでもない。そんな何処にでもいそうな少年、A君(ヒロイン命名)。
「何って、見たら分かるでしょ? 自殺するの」
ある日、いつものようにサボろうと訪れた秘密の場所、屋上。そこで彼は、完璧美少女と名高い優等生、彩葉(表紙)が自殺しようとしているという衝撃的な場面に遭遇する事になる。
「最低で結構ですね!」
普通の人であれば、説得しようとしたり話を聞こうとするかもしれない。だがしかし、彼はまるで自分のペースに引き込むかのように、喧嘩のように話を吹っ掛け、逆の意味でそれが良かったのか、彼女の注意を逸らす事に成功する。
言葉巧みに丸め込んで連れ出した、二人きりの海。そこから始まる、何とも不器用に過ぎる二人の交流。
ある時は詭弁でピザを注文して二人で食べたり。またある時は二人で水族館に行ったり。
しかし、そんな日々は徐々に彩葉の心の氷った部分を解かしていく。解かして露になった心の穴に、少しずつ彼と言う存在が埋まっていく。
「特別」である事に疲れていた、死にたくなるほどに。けれど彼はその心に抱えた傷に触れようとはしなかった。ただ、自分を振り回した。けれど、それが何故か楽しかった。彼といる事が、段々と自分にとって「普通」である事になっていった。
だからこそ、いつまでも彼を縛り付ける事が心苦しくなって、だけど手放したらこの関係性はもう繋がらなくて。永遠に、彼が太陽であるなら私は月でありたい。大義名分が欲しいけれど、それが言えない。自分から手放そうとした、その手を。
「・・・・・・それなら一緒に落ちるよ。どこへでも」
その手を再び繋ぎ止めた、彼は。彩葉が笑っていないとお別れにも意味がないから。そして自分があなたを好きだからこそ、必死になったんだと。手を伸ばしてくれたのなら絶対に掴む。支えきれなかったら何処へだって共に落ちてやると彼は言った。
「だって、みんなの特別よりも、あと百年間ずーーっと君一人の特別でいる方が難しいでしょ?」
「君はもうとっくに、私の特別だから」
だからこそ、彩葉はその手を引かれるかのように一歩踏み出せた。完璧と言う殻を脱ぎ捨て、只一人の少女として「恋」に堕ちた。だがそれで良かったのだ。彼女が「普通」でいられる場所こそが彼の隣であるから。
同時に、彼もまたかけがえのないものを手に入れた。「特別」に憧れた彼は、自分だけの「特別」を得たのだ。
何処か歪、何処か変わっている。そう言われる読者様もおられるかもしれない。
しかし、これで良いのだ。この二人だからこそこの作品は出来た。この二人だからこそ、このラブコメは完成した。
その全てが何処か透明で、何処か切なくて重くて。だが確かに尊くてエモい。
故にこそ、この作品は多くの人に読んでほしい次第である。
全てのラブコメ好きな読者様は是非。
きっと貴方も満足できるはずである。