読書感想:勇者、辞めます ~次の職場は魔王城~

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 さて、画面の前の読者の皆様の中で社会Zんである読者の皆様は、今所属している会社を、今生業としている仕事を辞めたいと思われた事はあるであろうか。個人的な考えを言わせてもらうのならば、その職場が、仕事が何らかの原因で自身にとって不利益となるなら、ストレスとなり得るのならばいっそすっぱりと辞めてしまっても良いであろう。しかし、辞める際はせめて次の新天地を決めてから辞めるようにした方がいいのかもしれない。まだまだ世間はコロナが猛威を振るっているため、すぐに次の仕事が見つかるとは限らないからである。

 

 

と、ここまで前置きをしてきたわけであるがこの作品の主人公であるレオ(表紙左)は勇者を辞め、敵である魔王、エキドナ(表紙右)が率いる魔王軍へと転職しようとしている訳である。その根底にある理由は何か。それは人間達から次の魔王となるのではと危惧されたから。それほどまでに「勇者」として強大な力を持っていたからである。

 

 しかし、やはり勇者は信用される訳がなく。面接に乗りつけて早々、極大魔法をぶっ放されて追い出され。彼は四天王に拾われお試し採用として、正体を隠し魔王軍へと潜り込むことになる。

 

そして彼が目にするのは、崩壊寸前の魔王軍の惨状。人間界に侵攻しながらも多くの犠牲を払い、適性が無い者が役職につかざるを得ぬ状況まで追い込まれ。しかし多くの問題を騙しだまししながらも、人間界に留まっている現状を。

 

しかし、レオは古今東西のあらゆる技術に精通し、あらゆる知識を身に着けていた。その知識と技術を生かし、問題解決へと乗り出していく。

 

過労死寸前の古参管理職、シュティーナが抱えていた多くのタスクを整理し、彼女の負担をこれでもかと減らし。

 

兵站を任されたまだまだ子供な将軍、リリと向き合い適切な言葉を導き出し。

 

管理職となった元暗殺者、メルネスにコミュニケーションを教え意思疎通を円滑にし。

 

後進の育成方法に悩む武闘派、エドヴァルドとぶつかり合い、指導方法の勘違いを正す。

 

 彼の知識と技術に助けられ、少しずつ立ち直っていく魔王軍。だが、その中で。四天王達は、そしてエキドナは。レオが抱えていた闇に触れていく事となるのである。

 

遥か過去の機械文明の忘れ形見。人類を守る事を至上命題とするが故に。「勇者」である事を義務付けられているが故に。自身の絶対的な命題と、己の育んだ心の狭間で。守護者としての矛盾を宣言するレオは、エキドナの探し物は自分の中にあると告げ敵に回り。四天王とエキドナへ、最強の力をこれでもかと見せつける。

 

 やはり勇者と魔王は殺し合うしかないのか。だが、戦いの中で気付いたのは矛盾。自分を殺せと声高に叫びながらも、生きたいと叫んでいた矛盾した声なき叫びが響く。己の命題に縛られた可哀そうな彼が、何処か露悪的に、そして生き急ぐかのように自分を殺せとおどけている。

 

「迷える子羊よ。ずっと孤独だった哀れな赤ん坊よ」

 

「勇者を辞めて、我と一緒に来い」

 

ずっと一人だった。自分にはもう何も無かった。けれど今、自分を求めてくれる人達がいる。お前が必要だと言ってくれる人がいる。だからこそ。彼はやっと本当の意味で辞められたのである。「勇者」であると言う事を。

 

何処か心温まる、大きな枠組みでの面白さが光るこの作品。

 

心震えたい読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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