読書感想:汝、わが騎士として

 

問おう、貴方が私のマスターか? と言ったのはどこぞの騎士王である、というのは多分画面の前の読者の皆様にとってはご存じな方の方が多いであろう。かの誓いはある意味主従の誓い、と言える訳だが。主従と聞いて主人と騎士、という言葉を思い浮かべるのはどれだけの人がおられるだろうか。誓いと言うもの、その一番古いものは騎士の誓い、というものなのかもしれない。

 

 

と、まぁこの作品は騎士の誓いから始まる、とも言える。だがその騎士道は色々な意味で異端。物語で描かれるような騎士道、とは無縁のお話であるのだ。

 

脳裏で「コード」と呼ばれる呪文のようなものを組み立て、超常現象を引き起こす「情報師」と呼ばれる者達が存在するとある異世界。かの世界の三大列強として数えられ、世界の覇権を競うバルガ帝国。かの国より亡命しようとしていた没落地方貴族の娘、ホーリー(表紙左)。しかし帝国軍の先廻りからの追撃により、逃がそうとする者達は悉く討ち取られて、残るはホーリーのみ。

 

「使命のためなら、死ぬこともある。こいつらはただそれを望んだ。それだけの話だ」

 

そんな窮地に推参した救援、それは何処の国にも属さぬ中立都市、エルバルに属する平凡な情報師、ツシマ(表紙右)。仕事をこなす、という一種冷酷な彼に反感を抱くも、彼についていくしかなく。一先ずアングラな方法も用い、隠れながら亡命を目指し行動する。

 

だがその道程は困難を極める。帝国軍、だけかと思いきや何故か帝国最強の情報師、「六帝剣」の一人、カヌスまで出現し。只の没落貴族の娘か? という疑いが出てくるもその答えはすぐに明かされる。

 

「こんなのひどい笑い話よね?」

 

それはホーリーの正体、それは帝国内でも国民の支持が厚い仁義と友愛の皇女、ルプスという事。皇位継承争いに疲れ果て、亡命しようとするも自身が選んだ騎士にまで裏切られ全てを無くし。彼女へと明かされる、ツシマの昔の話の一端。かつて育ての姉、のようなものだった少女、シオンを救えずに。自身の弱さ、世界を呪ってとある独立戦争に参加していたという事。

 

死に場所を探し、ルプスにシオンの面影を重ね。そんな闇が彼の心を支配しようとする中、第一皇子であるカウサから亡命の手助けの見返りとして願われたのは、第二皇太子の暗殺。

 

「私とあなたを対等にする。そして、お互い必ず生きて帰ると約束しましょう」

 

それは、打ってしまえば戻れぬ路へ進む一手。そんな中、復讐を決意したルプスは自らの手を汚す事を決意し。失いたくないから、と生き残る約束として。ツシマと騎士の契約を結ぶ。汝、わが騎士として。地位も権力も伴わない、二人だけの秘密の約束。

 

その約束を守り抜く為、ルプスは剣をその手に。情報師同士の戦いに挑むツシマは、シオンの仇である情報師を見つけ、己の隠し札を解き放ち。

 

「仕方ないな。生きて帰るか」

 

死に場所を求めていた彼の中、その約束は生き残る理由となり。

 

「だから、私に手を貸して。ツシマ」

 

その先に、消えずにいた炎に誘われて。新たな始まり、叛逆が始まるのだ。

 

世界は暗くて救いようがなくて。一人の力は、何かを変えれぬ程に小さくて。それでも、懸命に。世界に刻み付けるかの如く、その力となるコードを、まるで反逆の歌かの如く響かせんと。 正にここに全てがある、といえるこの作品。だからこそ面白いのである。

 

骨太で心に響くお話を読んでみたい読者様は是非。きっと貴方も満足できるはずである。

 

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