さて、本当に危険な人間とはどんな人間であろうか。話の通じぬ狂気に満ちた人間であろうか。身勝手な正義に突き動かされる人間であろうか。その答えは数多くあれど、「正気のままに狂っている人間」、というのは最も面倒で危険な類であるのかもしれない。御すことも出来ぬ己が狂気に身を浸す人間は、世界に於いてはどんな役割を求められるのであろうか。平時であれば、何かの役割を求められることは無いのかもしれない。
ではどんな時に、その力を求められるのか。もしかするとそれは、今までの秩序が崩壊した時なのかもしれない。秩序と言う建前が亡くなった時、正に暗黒時代のような時代であればその力は求められるのかもしれない。これはそんな、狂気に満ちたバケモノのような人間達のお話なのである。
太陽が世界から失われ、人々は世界樹から齎される光で生きてきたとある異世界。だがしかし突然に世界樹は腐り落ち、世界樹の涙を体内に取り入れていた大帝国の七英雄は魔道に堕ち、樹液が気化した闇に当てられた者達は異形となり。世界から光が失われ、人々は清められた水の側でしか生き延びれなくなっていた。
「自分は貴女の騎士にございます。ただそれだけにございます」
多くの国が滅び、暴君である少女セレスティアスが率いる帝国が頭のおかしい連中を集め始めた世界で。ひょんな事から滅んだ小国、バルムントの跡地に迷い込んだ盗賊の少女、イオリア(表紙手前)。彼女は、一人故国の跡地を守り抜いていた騎士、イグルー(表紙奥)と出逢う。まるで自分の主君を見つけたと言わんばかりの感激と共に忠義を唱える彼。しかしイオリアは、主君ではない。本物の主君、フレイリアに似ているだけのニセモノである。
それは単に、生前の執着を繰り返す哀れな亡者が祭り上げるべき幻想を見つけただけ。だがイオリアも、腹違いの妹であるセレスティアスにもう一度会う為、故国と七英雄を鎮魂するという目的の為。主君と偽り、頭のおかしい者達を集めるセレスティアスの元へ向かい。イグルーを御しきれず暴走させたりしながらも、何とかその一員へと加わる。
セレスティアスの元に集まったのは、いずれも狂人たち。ハイエルフであり吸血鬼のスフィアレッド、行き過ぎた愛国者である魔族、デュナミス、瞳に固執する殺人鬼、ペイルレイン。押し付けの慈愛と淫蕩をかざす元聖女、マリアベル。セレスティアスの指示の元、向かうはかつての七英雄の一人、アーヴァインの討伐。イオリアにとっては故郷を滅ぼした愛憎絡まる因縁の敵。
狂気と血が乱舞し、狂人たちが敵の群の中に飛び込み命を散らしていく戦場の中。己がアイデンティティと望みに揺れるイオリアの道をイグルーが切り開き、二転三転する戦場の中、彼女の中で何かが確かに変わっていく。
「―――故に、我らは踏みにじるっ!」
己が狂気を受け入れ、故人の尊厳を踏み躙り、良心すらも脱ぎ捨てて。人としての殻が壊れ、内からバケモノが生まれ出る。だがその全ての尊厳をセレスティアスは踏み躙り。終わりの炎が燃やす中、イオリアは手放してしまったものを自覚する。
「もう一度誓いを立ててほしい」
だが、もう彼女は止まらない。一人のバケモノは愚かな騎士をお供に歩き出す。この救えぬ世界を、狂気で燃やし尽くしていく為に。
正に誰も救えぬ、誰もが狂気。あまりにも負、あまりにも苛烈。だからこそ凄絶な中に一抹の面白さがあるこの作品。刺激的な面白さを求める読者様は是非。
きっと貴方も満足できるはずである。
ブロークン 落陽騎士は偽り姫に凱旋を捧ぐ (ファンタジア文庫) | 柳実 冬貴, 岩本 ゼロゴ |本 | 通販 | Amazon