読書感想:かつて人だった貴方へ 1.最果ての魔女と葬送士

 

 さて、ファンタジー世界には往々にして魔物が存在する、というのは画面の前の読者の皆様もご存じであろう。魔物は主役、または主人公サイドに属するのならば自分の意思を持つことが多々あり、敵であるなら本能のままに動く存在として描かれる事が多い、とも言える。ではもし、全ての魔物に意思があったとしたら。全ての魔物に心があったとしたら、果たしてそんな世界で戦わなければならぬとしたら、皆様は魔物を狩れるであろうか。

 

 

三百年前に「理外の魔女」と呼ばれる存在により滅ぼされ、その魔女が座するダンジョンが生み出されたとある異世界の王国、エリクシア王国。果て無き冒険と栄誉を求め、日夜冒険者たちがダンジョンへ潜っていくこの世界。しかし、このダンジョンには一つ最悪に悪趣味な特徴があった。

 

 それはこのダンジョンで死んだのならば、魔女に魂を囚われダンジョンの魔物に転生してしまうという事。即ち、このダンジョンに存在するすべての魔物は元人間。それぞれの生きてきた歴史と記憶を持つ存在なのだ。そんな存在を、魂を解放すると言う形で唯一救えるのが「葬送士」と呼ばれる存在である。

 

「私、ぼっちなんです」

 

その一人である、全ての魔物を解放したいと言う願いを持つ少女、アリスレイン(表紙右)。魔物に追われる彼女を救った、パーティを追放されたばかりの少年、シオン(表紙中央)。一先ず共に探索することになった二人は新たな仲間と出会いパーティを組み、ダンジョンへ挑んでいく。

 

戦闘狂な魔術師、ヴァルプ。その妹である怖がりの盗賊、リリグリム。そして被虐趣味な変態白騎士、ノーランド。曲者ばかりな仲間と共に進む日々。それは細やかな幸せ、であった。

 

 だがしかし、その日々は長くは続かずダンジョンはすぐに牙を剥く。人としての記憶を取り戻した魔物により、シオンの仲間の命は簡単に奪われる。

 

辛い展開であるだろう、しかし更に心を突き刺す要素がある。それはこの魔物、今巻の強敵となる魔物の心情がこれでもかと描かれると言う事だ。魔物に転生しても大切な家族と寄り添い、シオン達によりその家族を奪われてしまったと言う悲劇が魔物の目を通して描かれるという事なのだ。

 

 もうお分かりであろう。このダンジョンでは誰もが誰かの仇となり得る。そしてその憎しみと怨みが新たな死を呼び、負の無限ループが発生しているのである。

 

それでも尚、葬送士である少女、エリカ(表紙左)を新たに仲間に加え。仲間と交わした約束を果たす為に、敵討ちではなく真っ直ぐな目的のためにシオン達はどんどんと強さを増していくその魔物へと立ち向かっていく。

 

「だったらおれは、まだ冒険をやめられない」

 

だが、この戦いは始まりに過ぎぬ。ここからがシオンとその仲間の本当の冒険の始まり。魔物となった仲間を送る為、無謀な夢への旅路の始まりなのである。

 

重く苦しく苦みのある、重厚感に溢れた王道ド真ん中の冒険譚であるこの作品。今の流行からは外れているのかもしれない。けれど、この作品は面白い。心揺さぶり抉られる。だからこそ、心が躍るのである。

 

優しくもない冒険が好きな読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

かつて人だった貴方へ 1.最果ての魔女と葬送士 (オーバーラップ文庫) | 紙木織々, かやはら |本 | 通販 | Amazon