読書感想:さんかくのアステリズム 俺を置いて大人になった幼馴染の代わりに、隣にいるのは同い年になった妹分

 

 さて、あれがデネブ、アルタイル、ベガ 君が指さす夏の大三角、というのはとある有名なアニメの主題歌の一節であるが。夏の大三角形、その存在自体は画面の前の読者の皆様もご存じであろう。 しかし、空に見えるのは三角形であるけれど、実際はそう見えるだけでそれぞれの星は、何光年もの距離を、三次元的な距離感で離れている訳であり。人間が偶々、大三角と呼んでいるに過ぎない。

 

 

さて、ではこの作品は、さんかくというワードが入っているがどうなのか。その答えとは、三角関係。 中々に面倒くさい、切なる真っ直ぐな思いが交錯する、お話なのだ。

 

日本でも有数の巨大な公開天文台があるとある街。その街で七夕の夜に開かれる「星逢祭り」。この祭りでデートすると言うのは、街の人間にとっては大切な意味を持つ。このお祭りで一つ、恋が結ばれ。同時、一つの恋が咲くまでもなく散ってしまったのだ。

 

「七年、眠っていたわけだし」

 

 ここまでであれば、「さんかく」にはなり得ぬ。だけど、運命の神様とやらがいるのなら。どうもかき乱して面白がるのが好きらしい。 思いを交わし合った二人の片割れ、結弦が見舞われた「うらしまシンドローム」。体の成長が止まったまま眠り続ける、という奇病に犯され七年。目覚めた彼は正に浦島太郎状態。 周りは、自分を置いて変わってしまった。思いを交わした相手、千惺(表紙右)は自分を置いて社会人、教師となり。かつての妹分、希空(表紙左)は復学した自分の、同級生となっていたのだ。

 

 

「だからね、兄さん。あなたが好きです」

 

 

そして、かつて失恋を経験した希空にとって、正にこれは好機。彼女のもう一度の告白、攻勢宣言により全てが始まる。

 

学校では自分が女房のようなものだと言わんばかりに、希空がべったりし。千惺は抱え続けた思いをまた燃やし、時間を取り戻そうとする。

 

 

だけど、その行いは。それは。歯車を狂わせるもの。希空が、彼女だけが知っている。結弦の抱えたもの。千惺と思いを同じくしない、その原因である欠落を。

 

 

思い出せぬ、取り戻せぬ。辛いばかり。その隣に、彼女は寄り添う。幾千もの不安を抱え、その心に咲いてた星々のような恋が。気が付かぬ間、その心を埋めていく。

 

行き場を見失った、思い抱え、何を探す?

 

行き場を見失った、思い抱え、信じ続け、その先に何を求めるの?

 

 

「今更記憶を取り戻しても、前と同じ関係には戻れないよ」

 

 

 そして、再びの「星逢祭り」。今度は自分の番だと、結弦の隣に立つ希空は、彼の忘れていた記憶を告げ、その事実を告げる。そう、あの日彼の心には千惺だけがいた。でも今、彼の心という領土は、希空が半分占めている。そしてまるであの日の焼き直しの様に、けれど立場を逆として。一つのキスが、新たな始まりを告げるのだ。

 

空高く伸ばした手を、あなたと繋ぎたいと願って。 hello,hello and hello、また会いましょうという願いは叶い、だけどあの日、神様に願ったことは叶わなくて、その手を零れ落ちていく。 正三角形ではない、それぞれの距離に離れた三角関係。 きみはだれとキスをする? その問いに答える戦いは、ここから。

 

 

切ない思いがこれでもかと胸を打つ、面倒くささが胸を焼く。正に葉月文先生の新境地、と言えるかもしれぬこの三角関係。 是非皆様も見届けてほしい。きっと貴方も満足できるはずである。

 

 

Amazon.co.jp: さんかくのアステリズム 俺を置いて大人になった幼馴染の代わりに、隣にいるのは同い年になった妹分 (電撃文庫) : 葉月 文, U35: 本