読書感想:千歳くんはラムネ瓶のなか8

 

前巻感想はこちら↓

読書感想:千歳くんはラムネ瓶のなか7 - 読樹庵 (hatenablog.com)

 

 さて、先に申しておきたい。この巻は作者である裕夢先生が満足感という観点から、この頁数でここで区切られた上巻であるが、正直満足度は物凄く高いので、上下ではなく上中下になったとしても、個人的には大満足であるので是非に納得される形で書いてほしい次第である。では後半戦開始となる今巻では、一体どんな動きがあるのだろうか。

 

 

 

前巻、紅葉という盤外からの劇薬により朔と彼を取り巻く少女達の輪はかき乱され、動き出さなければいけなくなっていくのである。それは少女達ばかりではなく、朔もまた同じ。今巻まで丁寧に描かれてきた、彼と言う人間。そして彼と言う、少年としての脆さ。いつの間にか彼は、ヒーローと言う前を走って先導していく存在ではなく、寧ろ並んで歩いていく、ごく普通の少年となっていた、と言ってもいいのかもしれない。絶対的なヒーローではなく、普通の少年。それは主人公の成長として、正しいあり方なのか。

 

「―――誰よりも変わっちまったのはてめえ自身だろう」

 

 

「―――誰の隣に立って、どういう自分で在り続けたいのか」

 

文化祭が迫る中、担任である蔵之介から突き付けられた己の変化。今更ながら気づく、あの日自分が指針を失い、自分を曲げたと言う事。変わり始めた皆の中、置いて行かれる事が怖いけれど、彼だけは足踏みしているどころか後退しているのかもしれない、という事実。ならば新たな指針はどうすればいい? 誰の隣に立つ「千歳朔」であればいい? それはまだ分からぬ、けれど蔵之介は指針だけは示す。

 

「そういうふうに振る舞えるのは、あなただけじゃないから」

 

その最中、まるで先手を打つと言わんばかりに一人、動き出す彼女がいる。それは悠月。文化祭の演劇、朔と夕湖と悠月の関係を元に白雪姫をアレンジした演劇のように。紅葉によって月が隠された事で秘めていた魔性、「暗雲姫」が目を覚ます。

 

空に月はなし、故に見守るものも咎めるものもなし。悠月としてではなく、彼女として。これは二人きりの秘密だと口止めし、二人きりの場で悠月は朔に妖しく迫る、彼を搦めとらんとする。愛する男をこの手に、と言わんばかりに。躊躇いも手段もかなぐり捨てた一手を打つ。

 

 

・・・・・・だけどそれは、朔の好きな彼女ではない。好きな彼女は、違う。だけどそれでも、気付かされることがある。だから彼は、彼女を受け止める。

 

「一度名前をつけたら、二度と上書きしないために」

 

分かっている、悪いのは自分だ。自分が彼女を変えてしまった。だけどこの気持ちに名前を付けるのは最後にしたい。全部を全部背負って掬って、間違いがないと何度も見直して。一つの決意、それはこの関係の結実がおよそ半年後に来る、というもの。

 

 

彼の決意、それは約束の時までのカウントを始めるもの。今ここに終わりまでの道筋は引かれた、ならば次は誰の番?

 

確かな始まりが胸を打つ今巻、シリーズファンの皆様は是非。きっと貴方も満足できるはずである。