前巻感想はこちら↓
https://yuukimasiro.hatenablog.com/entry/2020/04/20/001258
彼女は知っていた、彼女だけは知っていた。千歳朔という少年は月であり、そしてあの日に燃え尽きた太陽であるという事を。
さて、今巻の表紙を飾る元気なバスケ少女、陽。今巻は彼女だけのお話かと言われればそうではない。
あの夏の、忘れ物を拾いにいこう。
この一文が示す、忘れ物をしたのは誰か。忘れたのは何か。
それは千歳朔という少年の忘れ物。自分の手で止めてしまった時計の先、あの日に忘れた「熱」という落とし物。
思えば今まで彼が元野球部だったという伏線はそこかしこにあった。しかし、その野球部時代へ触れられる事はなかった。その忘れてきた落とし物、過去に触れるのが今巻である。
その過去とは、才能あふれる怪物が周囲との間に溝を作り、自らの手でその可能性を閉ざしてしまったという痛ましい事実。
その事実をまた思い出させるかのように現れる過去の残滓、かつての仲間達。語られたのは十二番目の仲間の名、それこそが自分。
だが今更と否定し拒絶する朔を救えるのは誰か。それこそが同じ熱を持つ彼女、陽の役目。彼女にしか出来ぬ役目。
「そんなあんたが、初めて見つけた本物のヒーローがっ」
「だせぇ退場の仕方してんじゃねぇよ!!」
あの日の貴方はどこにいった。あの日太陽だった貴方に救われたのは私だと彼の魂を殴りつけ、思い出させる。
千歳朔の望み、それはあの日逃げ出した弱い自分を、誰かに叱ってほしかったという事。そう、私達は今まで彼の事を大きな月であるとばかり思ってきた。だけど違った。彼は月であり、あの日に燃え尽きてしまった太陽だったのだ。
確かに彼が月であるからこそ救われた少女達もいる。だけど、彼が太陽だったこそ救われたのが彼女だ。そして受け止めるのではなく、その背を叱って張り飛ばせるのは彼女だけにしか出来ぬ事だ。
「―――俺も、もう一度バットを振るよ」
そして陽という少女があの日、朔から受け取った胸の熱は確かに彼へと返され、あの日に止まった時計が動き出す時。あの日の彼がまた、目を覚ます。
一日きり、一度きりの復帰舞台にして引退試合。亜十夢を相方に調整しきっちりと仕上げ。
「当たり前だ。あんなの見せられて燃えなかったら男じゃねぇ!」
そして傷つきながらも、立ってるだけでやっとでも。白球をスクリーンへと叩き込んだその時。千歳朔という傷だらけのヒーローはあの日のように、また皆の心を照らし心に熱を届ける真っ赤な太陽となる。
「―――愛してるよ、千歳」
「残りの十センチは、いつかあんたに埋めてもらうから」
私たち読者にもあったかもしれぬ、あの日に持っていた「熱」。その熾火をこれでもかと焚き付け業火へと変え、背を荒くも押してくれるのが今巻である。そしてあの日に忘れた落とし物を取り戻し、あの夏を終わらせて、もう一度夏を始める。千歳朔という少年の心の炉心にあの日に落とした「熱」を叩き込み、新生させるのが今巻なのである。
画面の前の読者の皆様も是非読んでみてほしい。
きっと何かを貴方も受け取れるはずである。
(BGM:Over Soul)