読書感想:イレギュラー・ハウンド いずれ×××になるだろう

 

 さて、突然ではあるが画面の前の読者の皆様は刑事ドラマはお好きであろうか。お好きと言う読者様は、登場人物達がどんな捜査をするシーンがお好きであろうか。しかし、多分ではあるが例えば相棒のように、犯人を追い詰めるシーンというのはなかなか無いはずであるし、それどころか火曜サスペンス劇場のような、断崖絶壁での最後のシーン、のような場面は実際には多分無いはずである。・・・今の世代の読者様には、火曜サスペンス劇場と言っても伝わるのであろうか、と一抹の不安を抱く次第であるが。

 

 

さて、では何故こんな前置きになっているのか、というとそれはこの作品がクライムサスペンスと言われる類の作品だからである。しかし、それだけに非ず。ではこの作品には何が付随するのだろうか。それは、「イレギュラー」と呼ばれる極まれに人に発現する異能である。

 

他人の感情、痛み。それを自身も感じてしまうと言う厄介な「イレギュラー」を持つ少年、桃矢。(表紙中央下) 無差別に痛みを感じてしまい、唯一の肉親である母親からは半ば放任主義のような扱いを受け。様々な事に絶望した彼は、電車への飛び込みという形で自殺しようとする。

 

「いらないならくれよ、私に」

 

「欲しいんですか、こんなのが」

 

 だがしかし、彼の自殺は仰々しい話し方をする一人の少女に引き留められる。彼女の名はハチ(表紙中央上)。人のイレギュラーが色として見えるという彼女に連れられ、彼が訪れたのは警視庁特殊捜査班、「ダイハチ」。たった一人の刑事の私設部隊でもある、警察が表立って動く事が出来ぬ事件の解決の一助となる働きをする機関。この能力が、そしてこの命が必要であると彼女に言われ、半ば捨て鉢に協力することになり。彼は任務として、とある少女に接触する為に歌舞伎町へと潜り込む事となる。

 

ネオンの煌めき光る、子供にとっては縁のない世界。その世界で出会うのは「エッチ」と名のる少女、優美。かつて桃矢とクラスメイトであった筈、しかし彼女の今の瞳に光はなく。それどころか自身を売る行為を平気でしようとする。

 

 疑問に思いながらも、関わることを辞められず。ハチの指示も無視し、彼女のバックにいたヤクザに暴力を振るわれても。唯一の級友である亜樹に心配されても。桃矢は関わることを辞めない、何故彼はそこまでするのか。

 

「それでも、僕は君を助けたい。そうすべきだって、思ってる」

 

それは、彼女に自分と似たものを感じているから。自分と同じように闇に囚われている、だからこそ光を忘れないで欲しい。どれだけ辛くとも生きてほしい。それは醜いエゴなのかもしれない。けれどそれは、今まで死にたがりだった彼では出せぬ思い。今は何者でもない、けれどこの時。彼は確かに「×××」になったのだろう。

 

助けると決意したからには、例えどれだけ傷ついても。己が傷つくことを厭わず虐げていた者に彼女の痛みを帰す。それは彼がこの時は「×××」であったという事。彼のエゴが引き出したのは成長だけではなく、危うさもまた同じなのかもしれない。

 

これでもかとばかりにシリアスが盛られた、ゴリッゴリのハードさで駆け抜けるこの作品。今のラブコメに飽きた読者様には是非お勧めしたい。

 

そんな貴方は満足できるはずである。

 

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