読書感想:果てない空をキミと飛びたい 雨の日にアイドルに傘を貸したら、二人きりでレッスンをすることになった

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 目印も、標識も、地図もない。それが空、幾多の飛行機が渡りゆく、我々空を飛ぶ機会のない一般人にとってはあまり馴染みのない世界。画面の前の読者の皆様の中で、空を飛びたいと思った事のあられる読者様はおられるであろうか。熱気球のような手段ではなく、自分の手で飛行機を操縦して空を飛んでみたいと思った事のあられる読者様はおられるであろうか。

 

 

ゲームの中のような電子の世界の空は、敷居が低い簡単に飛べるもの。だが現実の空は敷居の高い、誰でもは飛べぬ世界。しかし、この作品の世界観の中では現実の空に対する敷居は低くなっている。

 

 舞台となるのは今から二世紀ほど経過した近未来。地球の寒冷化とそこからの回復というプロセスを経た事により、飛行機の技術がやり直しとなった世界。そんな世界で出会ったのが、この作品の主人公である矧とヒロインである美月(表紙)である。

 

日本の本州、その最西端にある学校で。なんて事は無いはずだった雨の日。矧が雨の中で泣いていた美月を見つけ、傘とカフェオレを差し入れ。二人の関係はそこで終わる筈だった。ただの飛行機バカの少年と人気グラビアアイドルの関係は繋がらぬ筈だった。

 

 しかし、奇妙な事に縁は繋がる。とある企画の為に飛行機の操縦技術を必要としながらも何も出来ぬ美月の指導教官として矧が選ばれた事により二人は二人きりで空を飛ぶことになる。

 

何も知らぬ美月にゆるくも丁寧に、一から指導し。まずは安全確認から、更には操縦まで。一つ一つ、丁寧に教え込んでいく矧とまるでスポンジが水を吸収するように、あっという間に知識を飲み込んでいく美月。

 

 ひょんな事から繋がった縁は、飛行機を飛び上がらせるように二人の関係を変えていく向かい風となり。少しずつ、本当に少しずつ二人の距離は近づいていく。

 

美月にとって、あの日助けてくれた矧はまるで王子様のような存在だった。彼のおかげで佇んでいた雨空の元から歩き出せた。手にした願いを翼に変える事が出来た。

 

「迷惑なんかじゃないです。むしろ涼名さんと一緒に空を飛べて、僕は楽しいですよ」

 

同時に、矧の心も救われていく。かつて重大な事故未遂を起こし、失意の中にあった心は、諦めきれなかった心は。彼女の輝きと優しさに触れ、心の翼が鼓動を取り戻していく。

 

 そう、二人は正しくお互い、欠けた翼と言ってもいい。欠けた翼は飛べないのか。否。欠けた翼でも手を繋いだのなら空へ飛べるはず。お互いがお互いの手を引き、共に飛び立てる。まるで比翼の羽根のように。

 

空を駆け、君が笑ってくれる。それだけで高く、心のままに飛べる。

 

出会いから紡がれる始まりの鼓動が胸の翼を叩く。ときめきに惹かれ誰も見た事のない青春の航路を目指し、心の中で燻るかき消せない炎を強く焚き。手と手を重ね合い、未来に向かい飛行機雲の白線を引いて二人、何処までも飛んでいく。

 

この作品は正しく作者様の「好き」でこれでもかとぶん殴られる作品である。だが、その中には瑞々しく甘酸っぱいアオハルがある。正にエモくて尊い、彼等だからこその青春が詰まっている。

 

故にこの作品は、最高である。(個人的に)とんでもなく満足度の高い一冊である。

 

近未来SFが好きな読者様、尊くてエモいラブコメが好きな読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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