さて、突然ではあるが画面の前の読者の皆様。貴方は図書館に思い入れはあられるであろうか。かの本の匂いに包まれ独特の静寂感漂う図書館の空気がお好きという読者様はおられるであろうか。
昔々、という程でもなくこの時代。とある田舎の村。その近くの山の中。三人のお姉さんと暮らす女の子がおりました。
彼女の名は世々(表紙左)。彼女をちょっと見てみてください、どこか何か違うように見えませんか。それもその筈、何故なら可愛い彼女は狐の女の子だったのです。
そんな彼女には心惹かれる男の子がおりました。かつて小さなころ、いじめられていたところを助けてくれた名も知らぬ、格好いい男の子。
彼の姿を探せどその姿は村の何処にもなく。だけど今、再会の時はやってきました。彼の名前は海(表紙右)。ちょっと親との間に問題を抱えた、いつも図書館で勉強している男の子でした。
(以上、ちょっとした語り口の変更終わり)
つまりはそういう事である。この作品は海と世々、人間の少年と狐の女の子を中心に据えて綴られる作品である。
難しい言葉は分からない、だけど彼の隣にいたいし近くで彼を見ていたい。だから自分に読める絵本で顔を隠しながら、彼の隣で絵本を読む。
そんな彼女の視線に気付いていた海。彼の中に芽生えるのは自分でもよく分からない初めての感情。
その感情の名は「初恋」。幾多の想いを向けられてきた彼が初めて抱いた、誰かへの淡い想い。
その想いを自分の中で形にして、一歩踏み出し手を繋いで。
そんな彼の恋路は、「お客様」であり「王子様」の恋として狭い世界での話題をさらっていく。
だけど、それでも。お互いがお互いしか見ていないからこそ、例え周りに沢山の人がいたとしても、二人っきりの世界はいつでも創り出せる。
そんな二人を、海の親友である由鷹は時に揶揄いながらも温かく見守り。海にもうすぐ十年の片思いを続ける級長、灯理は何処か切なげに見つめて。
そんな頼れる仲間達に見守られる二人の恋は、初めてであるがゆえに初々しくて甘酸っぱくて。
初めてのヤキモチ、初めての手つなぎ。
「西室くんは・・・・・・彼女のことが、ものすごく好きなのね。」
時に急にあえなくなって離ればなれになって。そんな時でもお互いへの想いは募りに募る。
そんなふわふわでピュアな二人の恋を彩るのは、「うみ、ざざざ」や「てぶくろをかいに」を始めとした朽ちる事無き児童文学の名作たち。
画面の前の読者の皆様、どうか児童文学だからと侮る事無かれ。この作品は、確かに野村美月先生の色が強く出ている作品であり、何処か切ない特有の色を敢えて抑えた分、恋の色を強く出している作品である。だからこそ掛け値なしに甘く、面白い。
私はそう保証したい。この作品は、間違いなく野村美月先生の「ライトノベル」である。むすぶと本。シリーズにも勝るとも劣らない程に野村美月先生の世界への入門の一冊となるべき作品であり、先入観なんて捨てて是非読んでみてほしい。
敢えて子供向けだからこその、純粋で温かくて甘い恋の味が楽しめる筈である。