読書感想:孤独な深窓の令嬢はギャルの夢を見るか

 

 さて、時に服装というのは例えばその人の所属を表すのに使われるものでもあり、基本的にはその人を飾るもの、とも言える。しかし例えば似合わない、意外、という言葉を以て迎え入れられる服装もあるかもしれない。だけどそれは、客観的視点から放たれている言葉なのだろうか。放っている方の主観から、放たれている言葉なのではないだろうか。

 

 

そんな言葉に左右されるべき、ではないかもしれない。しかし他人の評価、というのは時に気になるもの、でもある。この作品はそんな、服装、が重要でもあり。「特別」と「普通」という言葉が重要なのである。

 

一年生の頃、当時の担任だった老害系教師にたてついたことで目を付けられ、二年生になった今も絡むとその教師に目を付けられる、という噂を立てられる少年、公親。周囲から浮いている、友人は少数。そんな事などどこ吹く風、と何処か孤独も楽しむ中。とある夜、買い出しに出たコンビニで、令嬢然としたクラスメイト、瑞希(表紙)とばったり遭遇する。

 

「だから野添が好きな服を着るのは決定的に正しいし、周囲が抱くイメージに振り回されて好きな服を着ないのは決定的に正しくない」

 

時に、その時の服装は、彼女のイメージからすれば予想も出来ない、バリバリのギャル系のもの。自分はこんな服装はしない、と思われていると語る彼女を、公親は別に似合っているし気にする事でもないと、いっそばっさりと言う。自分の中、絶対的な指針である「正しさ」を根拠に。

 

そんな彼は初めての相手。ギャル風の服装の自分を自分として見つけてくれて、別にいいだろと言ってくれた相手。 瑞希はそんな彼との時間を望み。コンビニのイートインで、瑞希の何気ない合図に公親が何となく気づく、という形で集まって。不器用な二人の交流は、少しずつ始まる。

 

LINEすらやらぬ公親にLINEを教えたり。体調を崩した公親の看病に行ったり。一人暮らしで自堕落気味な食生活を営む公親のご飯を作りに行ったり。そんな中、瑞希は公親の抱える事情、歪な感情形成故に母親を傷つけてしまった事、普通になりたいと願っている事を知り。少しずつ、周囲の密かな心配をよそに、彼とその友人へと接近していく。

 

「もう終わりにするべきだと思います」

 

その心中にあったのは、かつて老害系教師から助けられたと言う感謝と自分のせいで、という思い。だからこそ、と半ば強引に彼の為に話を付ける。しかしそれは彼女が「特別」であることを望む者にとっては、忌むべき事態。

 

「だけど、それは正しくない」

 

しかしそれは只の意見の押し付け、あの先生と変わらない。だからこそ、今度は二人できちんと向き合って。自分の望む変化を受け入れてもらって。

 

 

「じゃあ、わたしたち一緒ですね」

 

普通になりたい、特別になりたい。変化を望む、歩き出した二人は同じ。普通の友達よりも少し近い距離な二人の日々が、また始まるのである。

 

ビターな中に真っ直ぐな青春の輝きがあるこの作品。九曜先生の作品が好きな読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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