読書感想:花嫁を略奪された俺は、ただ平穏に暮らしたい。

 

 さて、婚約破棄、もしくは花嫁略奪というのはファンタジー世界でのラブコメでは結構見かけるジャンルであるが、現実世界を舞台にしたラブコメにおいては、中々見かけることは無いかもしれない。それもまぁよく考えてみると当たり前かもしれない。現実の法律等の観点から考えてみると、そもそも婚約破棄は様々な方面と人に面倒をかけてしまう事であり、駆け落ちなんて、事前にあらゆる事を計画しておかないとそもそも上手くいかない、勢いだけでやってもうまくいく訳もなく。あとついでに結婚式場側からすれば業務妨害でしかないので、下手したら訴えられる事請け合いであろう。

 

 

そんなところからも考えてみると、昭和辺りのドラマであればあり得たかもしれぬ展開であるがコンプライアンス云々厳しい令和のドラマでは見たことがないであろうそんな展開。しかしそんな展開から始まる、割と珍しいプロローグがあるのがこの作品なのである。

 

父親の会社に勤めている青年、新。父親の取引相手の会社の令嬢である姫乃と政略結婚する事になり、姫乃の両親にも覚えよく受け入れられて。いよいよ結婚式当日。

 

「その結婚ちょっと待った!」

 

「ええ、あなたとならどこまでも!」

 

が、しかし。結婚式の行われるチャペルに突如乱入してきた間男、姫乃の幼馴染である湊。幼き日の約束という新からすればどうでもいい約束を見せつけられ、更には二人から内心気にしていたロボットめいた部分を貶され。読者の目から見てもスリーアウトな茶番劇の先、姫乃は湊と逃げて行って。更には激怒した父親から勘当と解雇を宣告され、湊は一瞬にしてどん底、全てを失ってしまう。

 

「今度は寧々の番だから。また明日も慰めてあげるね?」

 

だがどうも失っていなかったものもあるらしい。義妹、になる予定だった姫乃の妹、寧々(表紙)。一先ず何をするかと悩む彼の元に、お弁当を携えて足しげく通ってきて。真意も読めぬも、それでも必死に彼の心を埋めてあげたいと言わんばかりに。日々傍に居てくれる彼女に、いつの間にか心が癒されていって。勉強を教えたり、自分も料理を作ったり、彼女のバイト先に行ってみたり、と気が付けば彼女と過ごす時間は少しずつ増えていく。

 

「話は終わりだ、出ていけ。そして二度と姿を見せるな」

 

その裏、まるで真綿で首を締めるかのように、湊と姫乃は少しずつ追い詰められていく。夢物語に思い上がって、自分の世界に酔っていた二人にきっちりと断罪が突き付けられて。段々二人は、対価を払わされて、絶望に向かって追い込まれていく。

 

「言いたいことはなにがあっても言おうって決めたの」

 

けれどそれは裏の出来事、新と寧々、表の二人には絡まぬ場所での話。母親の墓参り、寧々の母親に遭遇した新はお弁当の真実を知り。二人の出会いの場所となって、かつては終わりの場所となる筈だった場所で再会し。今胸の中にある思いを伝え合って、関係を続けていくことを選ぶ。恋人同士、とかではないけれど。それでもお互いが不可欠、そんな名前のない関係を。

 

傷つける闇、その先に救い上げてくれる光があるからこそ癒しと再生の展開がより際立っているこの作品。ちょっとビターな所もある話を読んでみたい方は是非。きっと貴方も満足できるはずである。

 

Amazon.co.jp: 花嫁を略奪された俺は、ただ平穏に暮らしたい。 (角川スニーカー文庫) : 浜辺 ばとる, Kuro太: 本