読書感想:夏目漱石ファンタジア

 

 さて、夏目漱石と言えば明治時代の文豪であり、代表作と言えばやはり「吾輩は猫である」、辺りだろうか。しかしその作品を読んだ事のあるという読者様は、今の時代にはもう少ない、かもしれない。大多数の人には、日本史の授業辺りで習うであろうその名前。しかし調べてみると、名前くらいは聞いたことのある数々の名作と、現代から見れば畜生的な、様々なエピソードに出会える、かもしれない。

 

 

ではこの作品のタイトルを見て欲しい、夏目漱石ファンタジア、である。まさかラノベのタイトルで夏目漱石という人名が入ってくるとは思わなかった。そのタイトル通り、夏目漱石がこの作品の主人公である。この時点で宇宙猫な方もおられるかもしれないが、一先ず飲み込んでほしい。

 

俗にいう日比谷焼き討ち事件、そこから全てが始まった。政府と社会主義者、その争いに巻き込まれた作家たち。創作の自由を守る為、個人主義を掲げ夏目漱石とその弟子達により設立された武装組織、「木曜会」。自由を脅かす暴力使用者に対し宣戦布告し、国と思想を相手取って戦う中。修善寺の旅館での襲撃事件により、夏目漱石は瀕死となってしまう。

 

「鏡に映っているのが今の君の姿だ」

 

・・・・・・その一年後、夏目漱石(表紙)は復活した。ただし、それは本人の姿ではなく。十五年前に病でこの世を去った元婚約者、樋口一葉森鴎外の手により密かに冷凍保存されていた肉体に、その脳を移植され復活したのである。

 

何を言っているんだ、という読者様もおられるかもしれない。安心して欲しい私も情報量の多さに頭がバグっている。一先ずそう言う事なのである。 木曜会は解体され、世間には作家の脳を狙う謎の殺人鬼「ブレイン・イーター」の影がうろついており。一先ず平穏に暮らす為、「樋口夏子」という名前で闇医者である野口英世とかつての女中、禰子を助手とする事となり、神田高等女学校に教師として赴任する事となる。

 

しかしその学校は、この時代の女性の立場を映した怠慢な教育に満ちており。それにキレて学校の中で暗躍し、その行いの結果、薫という女生徒に惚れられてしまい。デートしたらその途中で芥川龍之介に遭遇し、折れかけていた彼を立ち直らせる事となり。

 

 

だがそんな中、不穏は不意に始まる。大逆事件の死刑執行の報道に木曜会の動きを禰子に探らせようとしたら、自身の末娘の訃報を知らされ。更には芥川龍之介から齎らされたのは、夏目漱石を名乗る何者かの檄文。副司令官であった寺田寅彦の粛清を防ぐため、作家たちを止めるのと、檄文の差出人を探す作戦が同時に侵攻する事となる。

 

一気に混迷を始める舞台、そこに待っているのは「ブレイン・イーター」の正体。何故脳を盗んだのか、その思惑。独自の思惑を持った野口英世も独自行動を始める中。

 

「俺はずっと、寂しかったんだ」

 

自分に足りなかったもの、根源にあった弱さ。それを思い出し受け入れ、真の意味で夏目漱石として蘇り。

 

「―――月が、綺麗ですね」

 

そして、死を歪められたかつての想い人へと、別れと願いを込めた銃弾にて引導を渡し。混迷を始めた世界の後始末の為、新たな戦いを始めるのである。

 

正に文豪バトルファンジー。読めば読むだけ引き込まれる、確かな時代考証に裏打ちされた、正に未体験な面白さがあるこの作品。一体この感想の中に何人偉人の名前が出て来たのか、私も初の体験である。だけど、だからこそ面白い。

 

そんな、未体験な面白さを楽しんでみたい方は是非。きっと貴方も満足できるはずである。

 

 

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