読書感想:ボロボロのエルフさんを幸せにする薬売りさん

 

 さて、ファンタジーの世界には例えば回復魔法や蘇生呪文、はたまたポーションの上級版やエリクサーといったものが存在するわけであるが。ここでふと、こうは思われないだろうか。割と無双系な作品とかでは、エリクサーとか割とあっさり手に入ったりする訳であるが、普通に考えればそんな貴重に過ぎるものがそう簡単に手に入る訳も、ましてや偶々出来る訳もなく。更には回復魔法、もそもそもどういうメカニズムで効いているのだろうか、と。

 

 

さて、そう考えてみるとどうだろうか。魔法と言うのは描き方によっては、そう便利なものでもないのかもしれない。この作品はある意味そういう作品であり、割と現実的な方向のファンタジーなのである。

 

魔物や亜人が存在し、排他的なエルフと、ドワーフが仲の悪い関係、という時々見られる関係のあるとある異世界。その片隅の国、その辺境の村を拠点に商売を営む薬売りさん(表紙左上)。彼がある日、買い出しの途中で馴染みの質屋から商品として勧められたのは、まぁ衝撃的なものであった。

 

「この名の通りにキミを癒す。そう約束しよう」

 

それは、万能薬生成と言う眉唾物な話の為に尊厳をこれでもかと踏み躙られ、傷ついているところがない程に傷つけられ、心壊れたエルフ。人間にとっては商品のようなもの、しかし彼は嫌悪感を感じ。名前すらも分からぬエルフに復活と言う意味の、リズレ(表紙右)という名前を付け。拠点としている村に戻り、彼女の治療に励む事となる。

 

 

しかしその道程は、とんでもなく困難だらけなもの。傷だけではなく遅効性の呪いと毒にまで犯されており、そもそも完全に元に戻すための薬なんて一般人に手に入る訳もなく。 だけど出来る事をやるしかない。解毒の為の材料を集め、壊死した部分を切除し、補うための義肢を作り。 既知の相手を訪ね、手を借りたり。時に奇跡的な出来事が起きたりしながらも、一歩ずつ治療は進んでいく。

 

治療が進んでいく中、少しずつ感情を取り戻していくリズレ。その治療の中、向き合いぶつかっていくのは、薬売りさんの過去、そしてエルフという種族の掟。リズレを探しに来た妹との再会、エルフの里への来訪、投獄、更にはエルフの里への襲撃。血濡れたその手で、それでも守るために。必死に、足りないなりに頑張る薬売りさん。

 

彼等が巻き込まれている数奇な運命とは、果たしてどんなものか。簡単に言うとしたら、積み上げてきた過ちが紡いだ歴史が生んだ大河。 リズレは、エルフと言う種族が生んでしまった恨みに巻き込まれ。薬売りさんも、偶々関わっただけと言えるかもしれない。

 

「これからも私と、ずっと一緒に暮らしてください」

 

それでも出会って、一緒に色々な事を乗り越えて。恋が芽生えて愛に変わって。そして、最後はエルフとしての生を捨てるとしても、元通りに戻す事を選んで。どこにでもいる家族として、歩き出していくのだ。

 

シリアスで時に残酷、そんな世界で育まれていく愛が尊いこの作品。一つの愛のお話を読んでみたい方は是非。きっと貴方も満足できるはずである。

 

Amazon.co.jp: ボロボロのエルフさんを幸せにする薬売りさん (ダッシュエックス文庫) : ぎばちゃん, 綾坂 キョウ: 本