読書感想:君を食べさせて?私を殺していいから

 

 さて、突然ではあるが画面の前の読者の皆様。皆様は誰にも理解されない悩み、もしくはその良さをわかってもらえぬもの、趣味等を持っておられるだろうか。自分にしかわからない、他の人には分かってもらえない。そういったものを抱え続けているのは、時に辛いものがあるかもしれない。だけど、そういったものを抱えるのには。それぞれ何かしら理由がある、のかもしれない。

 

 

ではそんな前書きをしてこの作品の感想を語っていきたい訳であるが。この作品の主人公もヒロインも抱えているものがある、というのはここまでの前書きで察していただけたかもしれない。しかし、彼等が抱えているのは趣味、のような優しいものではなく。寧ろもっと危険、痛ましいものなのである。

 

Kウイルス、通称怪異ウイルス。それが主人公、要が抱えた病気。怪異、という名の通りに怪異のような症例と力が、各怪異的症例につき一人誰かが発症し、どうすれば完治するかも分からぬ病気。「狼男」の症例を抱えた要に宿っているのは、痛みに関する強い不感症、そして時々ランダムなタイミングで襲い掛かってくる殺人衝動。かつて犬を殺した、という噂をたてられ周囲から浮いて、家族とも疎遠で。かつて助けた少女、鈴凪に構われたりしつつ。襲い掛かってくる衝動を自分を傷つけることで何とかしのいでいた。

 

「契約をしましょう」

 

「君を食べさせて? 私を殺していいから」

 

そんなある日、学校に忘れたスマホを取りに行って、ひょんな事から知るのは普段はそっけない態度をとる少女、零(表紙)が実は「吸血鬼」のKウイルスに感染している、という事。吸血衝動に振り回される彼女は要の血を甘美に感じ。強い再生能力を持つ彼女を殺した要は、今までで一番その衝動が満たされるのを感じ。零の願いに応じ、彼は血を提供する代わりに殺人衝動を満たしてもらうという契約をむすぶ事となる。

 

だけどそれは、皆様もお察しであろう。繋がりはどうあれ、歪で救えぬ、問題の先送りであるというだけという事を。だけど、誰にも理解されることのない痛み、悩みを抱えた同士。周囲から弾かれた者同士として。 互いに痛みを抱え、それを理解してもらえる人を得た事で。二人はこの関係に堕ちて、のめり込んでいく。要の症状を何とかしたいと願い、その関係を危惧する鈴凪の心配をよそに。

 

そんなある日、唐突に訪れる要の症状の完治。そうなってしまった以上、零と一緒にいる理由はなく。更に明かされるのは、Kウイルスの完治の条件。そこに秘められていたのは痛ましい、それこそ救いようのない事実。

 

「だから、返せ。俺の異常だ」

 

だけど、確かに完治はした。ならば戻れる、ごく普通の日常に。渇望していた当たり前の世界に。誰にも理解されぬ痛みを抱えた、だけど零のいる日常か。鈴凪のいる、ごく当たり前の日常か。 二つの日常の狭間で、要は選ぶ。それが当然であるかと言わんばかりに、迷う事もなく。

 

ちょっぴり仄暗い世界観の中、互いが互いの特別になる重めな愛があるこの作品。重い愛に耽りたい方は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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