読書感想:エヴァーラスティング・ノア この残酷な世界で一人の死体人形を愛する少年の危険性について

 

 さて、倫理観と言うのは大切であるというのは、画面の前の読者の皆様もご存じであろう。それもまた当然である、倫理観が無ければ世の中は無法図な地獄絵図になりかねないから。しかしそんな倫理観と言えども、歪みが気付かれず、そのまま許容される時があるとしたら、いつであろうか。 その答えの一つは、戦時中、というのがあげられるのではないだろうか。

 

 

例えば第二次世界大戦中辺りに日本軍が世界各地でやらかしていた蛮行。戦争が終わってから裁かれただけで、戦中は気にもされなかったもの。そんな世界、倫理観が何処か狂った世界がこの作品の舞台である。

 

近未来の世界、かの世界はとある技術の是非を巡り、ユニオンとアライアンスという二大勢力に分かれ、十年もの戦争を繰り広げていた。とある技術、それは「死体人形」と呼ばれるもの。文字通り人間の死体から作られる兵器であり、見た目も機能も人間と何も変わらぬ。しかし文字通り兵器。胴体を切断されるか頭を完全に破壊されぬ限りは、驚異的な回復能力を発揮し、脳が壊れたとて記憶を初期化して、復活する。正に破壊されぬ限り生き返る、文字通りの「モノ」。

 

 

「ノアと二人で生き残るんです」

 

 

 しかし長き戦争の果て、「死体人形」を用いるアライアンス陣営は「アンゲルス」と呼ばれる、遠隔操作型の機械仕掛けの天使を用いるユニオン陣営により、絶体絶命まで追い込まれていた。この世界の日本、陥落すればアライアンス陣営の壊滅を招きかねぬ地で。死体人形が二人、戦っていた。サクト(表紙左)とノア(表紙右)である。

 

だが、実はサクトは厳密に言えば死体人形ではない。経歴の改ざんの上で、死体人形を演じ。自身に投与された特殊なナノマシンによる力を用い、戦っている。それは何故か。ノアの事を愛しているから。ただ、それだけ。 皇子であった自分が亡国の皇子となる時、最後まで自分を護り散っていった彼女を愛するが故に。 彼女を護る、ただそれだけの一念で戦い抜いているのだ。

 

無論、戦い続けると言う事は簡単な事ではない。上官であり、自身の姉の友人であったシオンに心配されながらも。彼は飛び込んでいく、いつも死線を潜る事が確定な、絶望的な戦場へ。

 

崖っぷちだからこそどの戦場も薄氷の上。 戦中だからこそ、誰の命が散るのも平等。折角仲良くなれた少女とも、姿の見えぬ襲撃者の襲撃により死別し。それでも戦う。戦い続ける。

 

けれど、ユニオンの魔の手は既に中枢まで伸びていた。身近な人物による裏切り、陥れられる首都陥落の窮地。 急遽始まる奪還作戦の中、姿の見えぬ襲撃者の衝撃の正体が判明し、更に離ればなれとなった彼女は散る。

 

「鬼になったんだよ。この子を救うために」

 

だけど、それでも。心を怒りが支配し、鬼となりて、かつての―――を手にかけるとしても。 戦い続けるサクト。彼の元に届いたのは、遺された思い。そして彼女はまた目を覚ますのである。

 

 

何処か切なく重く、ひやひやする戦闘の中に鮮烈な思いが見える、ここにしかない戦いがあるこの作品。心を切なく熱くさせたい皆様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

Amazon.co.jp: エヴァーラスティング・ノア この残酷な世界で一人の死体人形を愛する少年の危険性について (MF文庫J) : 高橋 びすい, なえなえ: 本