読書感想:飯楽園―メシトピア― 崩食ソサイエティ

 

 さて、年を取ると脂ものが食べられなくなるらしいが、それに備えて若いうちに、肉を食べられるだけ食べておくべきなのだろうか。それはともかく、食の充実、というのは心の健康においては必要であるが、栄養バランスというものを考えなければ不健康に繋がる、というのは画面の前の読者の皆様もご存じであろう。この作品においても、「飯」、ひいては食事、というものが重要な要素を占めるのである。

 

 

さて、ではこの作品は「楽園」とタイトルについているのであるが、本当に楽園なのであろうか。著者である和ヶ原聡司先生の作風をご存じである読者様ならご存じであろう。かの先生の作品は、意外と世界観が容赦ないと言う事を。この作品においても、それは例外ではないのである。

 

人口減と少子高齢化問題を解決できぬまま、第三次世界大戦に突入し本土に侵攻を許して。新政府により国民の義務として「健康」が加えられる、までは良かった。しかしそこからがよくなかった。制定された新法、食糧安全維持法とそれを支える部隊、通称食防隊。この法と部隊により、食品添加物や化学飼料、肥料の一切が駆逐されてしまい。その法に違反した者は、通称「アディクター」として取り締まられるようになり。 国民の主食はコッカンバーというカロリーバー、というもはやディストピアまっしぐらな世界へと変貌していたのだ。

 

『分かったわ、私を連れて行って』

 

そんな世界で、食防隊による浄化作戦の中で敵味方として出会った、信也(表紙右)と弥登(表紙左)。 味方の撤退により見捨てられる形となった弥登の命を信也は料理で救い。九か月後、とある輸送依頼中に窮地に陥った信也を弥登が見逃す形で助け。そのお礼として、もう一度ジャンクフードを食べる為に。弥登は信也達の拠点である横須賀へとやってくる。

 

「こんなの、人間が食べるものじゃありませんよ」

 

が、しかし。何処か浮ついていた弥登の心は、程なくしてへし折られる事となる。 信也の作る料理に、物々交換の為に様々なものを携えて押しかけてくる人達。 かつての食が残っているこの街でも存在する、餓死する人。 そして、全員は救えない、だからこそ対価が出せる者だけを救うと言う信也の線引き。 食糧安全維持法も、人間を選別、抹消する。信也もまた、人の命を選んでいる。だが、彼にその線引きをさせてしまっているのは。彼女が今まで、拠り所としていたその法律に他ならぬ。

 

知ってしまったからこそ、もう戻れない。だけど、今のままでは信也達の側にもいられない。

 

「おかげで私は、本当に自分がやるべきことを見つけることができた」

 

だけど、見つけたから。食を護る者として、本当に守るべきものを。だからこそ弥登は一人、大規模浄化作戦に立ち向かう。自らの身を犠牲にする、たった一つのやり方で。

 

ディストピアの苦さあふれる中に、真っ直ぐな熱さのあるこの作品。ディストピアものが好きな読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

Amazon.co.jp: 飯楽園―メシトピア― 崩食ソサイエティ (電撃文庫) : 和ヶ原 聡司, とうち: 本