読書感想:恋は暗黒。

 

 さて、果たして普通とは一体、何なのであろうか。例えばラブコメにおける普通とは、一体どういったものであろうか。普通を求め、そこに行きついていると何処か特別性のないものになってしまうのかもしれない。だが普通とは何よりもかけがえのない尊い物である。この作品はそんな「普通」を求めてもがく子供達のお話なのである。

 

 

「付き合ってください」

 

「はい」

 

どこにでもいる普通の高校生になりたかった少年、想星(表紙中央下)。何故か手を洗う時間が異様に長い、という以外は容姿、正確共にごく普通。そんな彼はある日、クラスのアイドル的な少女、明日美に呼び出され。告白されて付き合う事となった。

 

まるで夢のよう、今でも信じられない、それでもこの現実は本当である。少しずつ距離を詰め、お互いの事を知ろうと言う「普通」のラブコメが始まろうとしていた。

 

「僕だって、好きでこんなふうになったわけじゃないんだよ」

 

―――しかし、そうは問屋が卸さなかった。自分で望んだ訳にないにしろ、想星は夜毎とある「仕事」に身を投じていた。その仕事とは暗殺者。しかも、彼には「殺した数だけ自分の命のストックが増える」というチートが備わっていた。指示役である「姉」に導かれ、「強敵殺しの暗殺者」として。彼は日々、強敵との激突の中に飛び込んでいたのである。

 

「壊し屋」と呼ばれる強敵を始めとする死闘を、何度も死ねるからこそ何度もぐちゃぐちゃに、いっそ凄惨な程に死にながらも。日々仕事をこなす想星。だがそれは、「日常」の時間を奪う事に他ならぬ。放課後や休日まで仕事に駆り出され、明日美との時間は中々取れなくて。更には「仕事」の事を話すわけにもいかず結果的に嘘をついてしまい明日美の地雷を踏み抜いて。気が付けば彼女と心がすれ違っていく。

 

 そんな中、周りで幾つもの自殺を誘発させる謎の男を尾行する中で出会ったのは、いつもクラスで一人でいる無口な少女、くちは(表紙中央上)。男の謎の言葉に自殺を誘発させられている間に、くちなと接触した男は何故か急死し。その理由を探る為、想星は彼女の事を調べる事を命令される。

 

日常に戻りたいと嘆いていても、「姉」は本当に戻れるのかとまるで幼子にするかのように言い聞かせ。明日美とのすれ違いが一つの結実を迎えてしまう中、くちなを調べる中で彼女に触れられただけで何度も殺されていく。何度も理不尽な死を迎え、それでも彼女の事を知っていく。

 

「でも、わたしは信じている。信じたいの」

 

 彼女もまた、想星と似た者同士。闇の中から抜け出したいと藻掻いて、大切なものを傷つけられて抜け出せず。それでも生に執着し、必死に生きようとしている。だからなのだろうか、彼が彼女に目を奪われたのは。焼けつくようなまなざしが、脆い笑顔が心から離れなくなったのは。

 

「大丈夫だよ。死ぬのは慣れてるから」

 

「知ってる」

 

「もう何回も、あなたを殺した」

 

似ているようで似ていない、けれどどこか壊れているのは同じ。そして同じ闇の中にいるからこそ分かり合える、分かち合える。何を触っても殺してしまう少女に、まるで運命のように。何度も死ねる彼だけが寄り添えるのだ。

 

だからこそ彼は決意する。いくら死んでもいいように、もっと殺さないと、と。その選択は更なる地獄の幕開けか。

 

物騒で凄惨、血みどろでグロテスク。しかしその暗黒の中、少し不思議な面白さが、唯一無二の面白さがあるこの作品。暗黒な世界観が好きな読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

恋は暗黒。 (MF文庫J) | 十文字 青, BUNBUN |本 | 通販 | Amazon