読書感想:記憶喪失の俺には、三人カノジョがいるらしい

 

 さて、ラブコメにおいて「記憶喪失」という始まりから展開されていく作品は時折見かける訳であるが、記憶喪失というシチュエーションの強みとはなんであろうか。かつての状況のリセット、そしてかつての自分という存在に対する謎、辺りとなるであろうか。この作品もまた、そのタイトルから察していただけるかと思うが、記憶喪失から始まる作品なのである。

 

 

ごく普通の少年、勇紀。ごく普通、なのであろうか。頭に強い衝撃が始まりの記憶となり、目を覚ましてみれば見知らぬ天井。自分の傍らで眠っていた少女の名前も思い出せず、それどころか自分の名前すらも思い出せない。医者の話から分かったのは、どうも彼は交通事故に遭いそれまでの出来事の記憶のみをきれいさっぱり忘却してしまい、生来の人の好さが残っている、というらしい状態。

 

「いいえ? 別の人が、あなたの彼女を名乗ってる」

 

 が、しかし。目覚めて早々、冷たい目で看護師に言われたのは彼女と名乗る人物が複数、彼を訪ねてきているという事であった。

 

幼稚園から同じ幼馴染で彼女の明日香(表紙)、インスタで二十五万フォロワーを抱える級友な紗季。依存度高めな小動物系、何故か勇紀の事を推しているライトオタクなひな。普通に考えれば誰か二人が嘘をついている、と言っても過言ではない。しかし記憶を無くしてしまった以上、追求できる材料がない。一先ず明日香の手を借りながら日常生活に戻り、再び高校に通い始める勇紀。過去の自分が見えてこぬまま始める、再びの学生生活。その中で、色々な事実が見えてくる。

 

勇紀にはどうやら、友人と呼べる存在がいなかったらしい、という事。三人の彼女は、かつてとある学科が存在していた学校で、それぞれ派閥を築いていたらしいという事。そして自分は、その三人と関係を築いていたらしいという事。

 

記憶を取り戻す気配もないまま、彼女達に囲まれながら送る学生生活。その中でひなを取り巻く問題と彼女を苛める者達に関わる事となり。彼女を助ける為、ストレスは問題外とドクターストップをかけられながらも、勇紀は傷つくのを厭わず解決に奔走する。

 

「今の俺の思考だよ」

 

かつての自分の考えは分からないけれど、それでも今、助けたい人がいる。そんな思いに紗季が答え、彼女の手を借りて決着をつける。

 

「・・・・・・勇紀くんを悪く言う人は、私が殺してあげるって」

 

・・・その裏、勇紀の知らぬ所で渦巻いているのは女の情念。一番でいる為に、一緒になる為に。邪魔する全てを蹴落とさんとする女の子の想い。果たして、彼は一体何者だったのか。生まれ変わろうとする彼は、果たしてかつては何をしていたのだろうか。

 

その謎はまだ見えてこない、けれどいつか見えるのかもしれない。

 

何処か苦くて謎が重めなラブコメである今作品。甘いだけの作品が食傷気味な皆様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

記憶喪失の俺には、三人カノジョがいるらしい (MF文庫J) | 御宮 ゆう, たん旦 |本 | 通販 | Amazon