読書感想:こんな小説、書かなければよかった。

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 さて、この世の中には生まれなければ良かった、そう言われてしまう者や物という存在があるのは画面の前の読者の皆様もご存じであろう。生まれなければ良かった、それは誰かの主観に過ぎず、この世の中には生まれなければ良かったと真の意味で言えるものは存在しないのかもしれない。人に多くの被害を齎したものも、使い方を間違えさえしなければ人に多大な恩恵を齎すものになるかもしれない。では本当に、生まれなければ良かったというものとは何なのであろうか。

 

 

こんな小説、書かなければよかった。この作品の題名にもなっているこの言葉。此処に秘められているのは、画面の前の読者の皆様ももうお分かりではないだろうか。後悔の感情である。では何故、こんな小説を書かなければ良かったのだろうか。

 

 小説を書いた少女の名はしおり。かつて小説を書いていた事もある過去を持つ、何処にでもいる普通の少女。そしてその後悔の主、その名はつむぎ(表紙)。しおりの幼馴染であり、重い心臓病によって学校にも通えぬ少女である。

 

「私と後野くんでする疑似恋愛を、永遠にしてほしいの」

 

「そのために、しおりは小説を書いて」

 

しおりとも関わりのあった同級生の陽を疑似恋人として巻き込み。恋をして誰かの心に残りたい、そしてその現実を物語とする事で多くの人々の心の中に永遠に残りたい。そう願うからこそ、つむぎは願う。小説を書くことを。

 

 若干納得もいかぬまま、つむぎの隣にいるのが自分ではなく陽であるという事実にちょっともやもやしたりする中、結局はその願いを引き受け、疑似恋愛な二人を観察し文字へと起こそうと思慮を巡らせる中。しおりはつむぎの思い、彼女が望む「永遠」というものへの思いへと迫っていく事になる。

 

「綺麗なまま、永遠になるの」

 

水族館の透明標本を見て、彼女が漏らした一言。いわば共犯者でもあるしおりにも陽にも言わない、本当の願い。

 

そして、自分が小説を書いたことでその文の中に溢れる生命の息吹でつむぎを傷つけたと後悔するしおりへ何故、再び小説を書くことを願ったのか。その真意。

 

「私は、永遠が欲しい。永遠になりたい」

 

約束の海辺、伸ばされた手と共にしおりへ告げられた真意、迫られる選択。

 

「わたしは、そんな永遠なんていらない」

 

その選択を越え、陽もまた秘めていた思いを知り。今まで拒んでいた変化を肯定するために、止まっていた時間と関係を動かす為に。そして、自身の後悔を越えていく為に。

 

 

しおりが選んだ選択、その先の未来に待っている光景は。永遠の先、そこに待っている光景とは。

 

その結末は、是非皆様の目で見届けてほしい。

 

このビターで切なくて苦しい青春の中、ここにしかない一抹の温かさとそれぞれの考えを見て、画面の前の読者の皆様は何を思われるであろうか。

 

その、自分だけの答えを見つけてみてほしい次第である。