読書感想:わたしはあなたの涙になりたい

 

 さて、今作品の前知識として今作品の中には「塩化病」と呼ばれる全身が塩に変わり最後には崩れると言う奇病がある。これを聞いて「月の掟」という単語を思い浮かべられた読者様は多分古のオタクである。というのはともかく、もし避けられぬ死を突き付けられたら画面の前の読者の皆様はどうされるであろうか。皆様はこの世をどう去りたいと思われるであろうか。

 

 

「ねえ、本当は何やってたの? ポケットに何か集めてたでしょ?」

 

福島の片隅、小学三年生の少女と少年は出会った。少女の名は揺月(表紙)。天才的なピアノの腕前を持つ少女。少年の名は八雲。塩化病により母親を亡くし、感じてしまう欠落の痛みを埋めるものを集めてしまう少年。

 

何気なく出会い、子供同士の友情が始まり。彼女を取り巻くものから逃げ出そうとして尻込みし、友情が拗れて。中学生となり、世の中に引っ張りだこになった彼女とどこか遠い距離で、付かず離れずの距離の中で大震災に見舞われ。

 

彼女の気持ちも知らずに留学に送り出した高校時代。長年の友人の事故後の経過に寄り添い、どこか遠い世界から彼女を見つめ。その友人に勧められ、小説を書くことを目指し。新人賞に送ってみたら、濃すぎると言う評価を得て、四苦八苦する中で突然揺月からの誘いを受けて。

 

 久しぶりの再会、世界的な音楽祭の中で再び感じる、まるで運命が鳴るような彼女の音。―――だが、運命は斯様にも残酷なものなのか。最悪のタイミングで、揺月もまた塩化病に罹患してしまう。

 

痛みを知る者として彼女に寄り添い、彼女の悲劇を娯楽として消化しようとする者と出会い。最後は生まれた場所で死にたいと共に故郷へ帰り。徐々に病が侵食してくる中、何処か惹かれ合う様に自然と結ばれて。心ある者に贈られた機械義手をつけ、欠損に悩む少女の為にもう一度音を奏で。

 

だが、別れは必然。どれほど嫌だと叫んでも、無情にも最後は訪れて。失意の中、八雲は自分の殻の中に閉じこもる。

 

『わたしはあなたの涙になりたい。 そしてわたしは、あなたの命になりたい―――』

 

 だが、そんな彼の元へと届くのは揺月のメッセージ。死の狭間において、彼の為だけに音を奏で自らを物語とし。彼の事を助けたいと言う、儚き優しさが込められたもの。それを受け取り、また彼の目から涙が溢れ。そして彼はまた動き出す。揺月から「命」を受け取り、また生き始めるのである。

 

この作品、一体何と評せばいいのか。きっと私程度では万の言葉を費やしても語れぬかもしれぬ。だが確かな事はある。

 

それは涙は何れ渇けど、確かにそこにあるもの。記憶はいつか時の中に埋もれれど確かにそこに、眠っているもの。

 

そしてきっと、この作品は心に何かを残してくれる。まるで心に根付くように、何か言い知れぬものを残してくれる。故にこの作品を表するなら「美しい」、それだけで良いのかもしれぬ。

 

心に残る美しい作品が読みたい読者様は是非。

 

きっと貴方も満足できるはずである。

 

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