さて、青春とは一体何なのであるか。青春とは、如何なる形が正解であるのか。画面の前の読者の皆様はどう思われるであろうか。そして、もう一つお聞きしたい。青春とは、果たして有意義なものであろうか。青春には果たして、どんな意味があるのであると思われるだろうか。
完璧主義者を自称し、青春を全て無意味なものであると断じる高校二年生の少年、光太郎。彼は完璧主義者であるが故に、何処までも合理性を追求しており、青春を無意味なものであると断じていた。
「何がキスだよ。そんな無駄なことに本気になるなんて」
「無駄だね。だから、いいんだよ」
そんなある日、友人にカバンの中にねじ込まれた女性誌を興味本位で見、馬鹿にしていた彼の前に一人の少女が現れる。彼女の名は小雪(表紙)。級友であり、「誰とでもキスをする」と噂される美少女である。
「日野は、俺を馬鹿にした。俺は奴をぎゃふんと言わせたい」
彼女に一方的に、期限を夏までに区切った、無駄だと思っている事を、楽しいと思ったら負けという勝負を挑まれ。馬鹿にされてばかりではいられないと半ば乗り掛かった舟と言わんばかりに、その勝負へと挑む小太郎。
時にウザ絡みされて辟易したり。時に兵法を元に挑もうとしたらあっさりと翻弄され、きりきり舞いさせられたり。
だがそんな中、何故か小雪から目が離せなくなっていく。悪いうわさが絶えない彼女が、ふと見せる表情がどうしても気になっていく。
計算通りにいくと思っていた、けれどどうしても計算通りにいかなくて。そんな初めての感情に振り回されていく光太郎。
「人は弱くたって別にいいんだぜ?」
その根底、完璧を目指すが故に抱いた夢は、友のいっそ優しい言葉により揺らぐ。誰しもが強くある必要なんてない。弱くたって気にする必要はないと。
そう、誰しもが面倒な心を抱えており、どこか斜に構えて捻くれた精神性を持っている。それこそを弱さと言うのかもしれない。だが、それを弱さと、病気を呼ぶのだとしても。その病に特効薬は存在しない。
けれど、その病を抱えたままでも、その病を抱えたままに打ち勝つ事だって出来る。どこまで遠回りしても、大切な事に気付けたのなら道は開ける。
「無意味なことなんてないんだ。意味はあるんだ。全部、全部に意味はあるんだ」
それは、青春に無意味な事なんてないという一つの真実。一見無意味に見えても、無駄な事に見えても。気付かないだけで全てに意味はある。それこそが青春。誰もが一度は罹患する病であり、若さゆえのままならぬ、けれど今その瞬間にしかない大切な病なのだ。
世界は不確定で、計算できぬ領域に満ちている。青春という今その瞬間にしかない世界は正に青く、若い。だが、だからこそ良いのだ。そしてこの作品はそんな世界を真っ直ぐ緻密に、どこまでも繊細に描き切っているからこそ瑞々しく、何処までも純粋に映るのである。
青春の情動が好きな読者の皆様、王道ど真ん中のラブコメが好きな読者様は是非。
きっと貴方も満足できるはずである。