読書感想:彼女は窓からやってくる。 異世界の終わりは、初恋の続き。

 

 さて、時に異世界から帰ってきた後の物語というのは存在している訳であるが、異世界から帰ってくると言うのは、どのタイミングで帰ってくるのかが鍵、とも言えるかもしれない。例えば時間をさかのぼって、転移直後のタイミングで帰ってくるのなら特に問題は起きないのかもしれない。が、しかし。もし時間の流れが異なるにしても異世界と現実世界には時差があり、もし帰ってきて現実世界で時間が経っていたとしたら。それは大変なことかもしれない。

 

 

どれほど時間が経過しているかにもよるが、数年であっても大変かもしれぬ。召喚された者にも現実世界での生活があり。それに置いて行かれてしまっては、大変であるから。そして、どんな異世界にもよるかだが、異世界での生活が忘れられなかったとしたら。現実世界との乖離に困ってしまうかもしれない。この作品も、そんな感じに始まるのである。

 

「あなたに喧嘩を売りに来たわ、勇者!」

 

「帰れ」

 

異世界召喚、という概念があって。まるでファンタジーのような現実では想像もつかぬその概念に巻き込まれた少年、飛鳥。 魔王を倒してくれ、と呼び出され。魔王の元まで辿り着いた彼を出迎えたのは、魔女として魔王から召喚されていた同級生、咲耶(表紙)。二年間敵として戦っていたけれど、お互い小隊に気付かずに決戦の時に判明し。 咲耶が衝撃に動揺していた時についボコボコにしてしまって連れ帰ってきた事で、咲耶から一方的に因縁を持たれていたのだ。

 

「おまえ、まさか―――異世界ボケか?」

 

しかし、彼女が窓から訪ねてくるのは午前三時、どう考えても寝ている時間。それは異世界ボケ、かもしれぬ。更に二人して二年間「行方不明」となっていた事で、容赦なく留年してしまい。結果として周囲から孤立してしまっていたのである。

 

そんな二人を、同級生である芽々はオタクとしてキラキラとした目で見守り。かつて飛鳥の事をとても慕っていた元後輩、瑠璃はどこか重めで歪んでもいるように見える愛を向け。

 

「こうして、異世界のことで分かり合える」

 

そんな世界も露知らず、あの日の続きの喧嘩をしたり、意外とお互いブラックな環境にいたと言う苦労話で何故か対決してみたり。

 

 

その最中、瑠璃の一言から。溢れ出す、重い闇。 異世界に行く前と後では、飛鳥は変わった、変わり過ぎてしまった。まるで、別人になったかのように。更に飛鳥が隠していた記憶喪失、そこには何があるのか。 それは、勇者になると言う事実に付随するあまりにも容赦なき真実。

 

だがそれは咲耶も同じ。彼女もまた隠している。もはやかつての自分ではないと言う事を。 

 

そこにいるのは人間の成れ果て、ではそこにあるのは何か。そこにあるのは魔女の愛。自らの全てをかけて、変わってしまった恋した人を救わんとする、喜劇にするための足掻き。

 

「あとは君が、そう信じてくれれば本当になる」

 

そして、勇者の愛。偶々ではない、替えられた心でも覚えていたもの、残っていたもの。例え変わってしまっても、君が覚えていてくれるなら、と。

 

「なんとかする」

 

なにもかも好転した訳じゃない。だけどそれでも。 後ろを向くわけにはいかない。だからこそ、何とかすると。そう決意し、彼女の為、自分の為に歩き出していく。

 

この作品は、最低な出会いから最高な青春を取り戻すお話である。喜劇にたどり着くための足掻きのお話である。そしてとても小さいけれど大切な、愛と勇気のおとぎ話なのだ。

 

そんな、どこまでも真っ直ぐな純愛に心打たれてみたい読者様は是非。きっと貴方も満足できるはずである。

 

Amazon.co.jp: 彼女は窓からやってくる。 異世界の終わりは、初恋の続き。 (ダッシュエックス文庫) : さちはら 一紗, 北田 藻: 本