読書感想:バケモノのきみに告ぐ、

 

 さて、時に人間と異種族の愛、ラブというのが描かれる事はある。そこに付随する問題としては、寿命差とかあるだろう。しかし、本当の意味で共存、共に歩いていくには何が必要なのだろうか。きっとそれは愛する事。だけどその愛は、何処までの理解を伴っていればいいのだろうか。例えば、理解できぬことだって、分かり合えぬことだってあるだろう。ならばそんな存在を、どう愛せばいいのだろうか。

 

 

その答えは各自あるであろう。そしてこの作品の根底、それは「愛」。理解できぬ相容れぬものを、理解できぬままに丸ごと愛する、そんな愛なのだ。

 

いつできたのか、誰が作ったのか、もう誰も由来も知らない、高い城壁に囲まれた街、バルディウム。かの街の暗部、密かに人々を賑わすのは、感情をトリガーに力に変え正体不明の異能を発現させる者、「アンロウ」。感情と相互関係にあるらしいということ以外、一切不明。能力の制御段階により三つの位階に大別されるそんな者達を秘密裡に運用する組織、「カルテシウス」。その組織に属し、四人の「アンロウ」を従える指揮官、ノーマン。彼は治安悪化やら公的施設の破壊の嫌疑により、彼を友人と呼ぶ研究員、ジムにより捕まっていた。 ジムにより、ここ一カ月に起きた事件の詳細を語れと言われ。ノーマンは一つ一つ、彼の元に属する「アンロウ」たちと共に解決した事件を語りだす。

 

「これはバケモノの物語なんかじゃない。―――人間の物語だよ」

 

コードネーム、「涙花」のシズク(表紙)。精神や五感に影響を与える異能の持ち主の彼女と共に挑んだのは、大運送会社を経営していた女社長の殺人事件。容疑者五人の密室事件、その犯人が抱えていたのは「人間」として、望んでいた思い。

 

「―――正義のお話、かな」

 

コードネーム、「魔犬」のエルティール。自らを巨大な魔犬に変じさせる彼女と共に解決したのは、魔物がいると噂の通りで起きた連続惨殺事件。虐げられる子供達の思い、犯人が行使したのは自分なりの「正義」。

 

「これはそう―――青春の話だったからさ」

 

コードネーム、「宝石」のロンズデー。探偵を営み、行き過ぎた正義感から体の一部を硬質化させる異能を持つ彼女と共に挑んだのは、街を賑わす「怪盗」事件。最初からそこにいた、何なら自分からアピールしていた犯人が送りたかったのは、今さらながらの「青春」。

 

「大したことじゃない―――ただの「理想」の話だよ」

 

コードネーム、「妖精」のクラレス。行き過ぎた「承認欲求」を任意のものを歪ませる異能として発現させた彼女と共に行き当たったのは、首都との間に結ばれた初運行の最新式直通特急のトレインジャック事件。ノーマンとクラレス以外を殺し尽くした犯人、組織を捨てた者が抱えていたのは、叶えたい「理想」。

 

「―――あれ、君が全部の黒幕だろ」

 

その先にノーマンが解き明かしたのは、真の黒幕。「アンロウ」達と共に解決した事件はすべて一本の線、その先にいたのは自分の前にいる黒幕。明かされるのはアンロウを利用せんとする思惑。それは彼にとって許せる、ものではなく。

 

「分からなくても、分からないままに愛せばいいんだよ」

 

何故許せぬのか。黒幕と共に落下し、アンロウたちに助けられ。彼が愛するのは、自分の中の思い。自分というバケモノに、バケモノのきみに告ぐ、と告げてくれた思いたちに返す思い。その感情こそが、アンロウを進化させる鍵。 だけどそれを見た者を生かしておくわけにはいかぬ。

 

「ろくでもない話だけど―――次の事件だ」

 

その果てに続くのは望んだ日々。その中に手に入れた、自分達の為の居場所の中で。

 

バトルもミステリもラブも全部盛り込んで。その中に歪で間違っている、だけど真っ直ぐな思いを芯として通して。故にまさに言い知れぬ思いに駆られるこの作品。色々な意味で大きな作品を読んでみたい読者様は是非。きっと貴方も満足できるはずである。

 

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