読書感想:消せる少女

 

 さて、時に画面の前の読者の皆様はドラえもんに出てきたひみつ道具の、「どくさいスイッチ」というものはご存じであろうか。まぁ簡単に言ってしまえば押す度に誰かを消せる、独裁者を懲らしめる為のスイッチである訳だが。もし、気に食わない人を消せると言う能力が現実にあったりしたら、と思うとあってはいけないだろう。いつかその能力が世界すらも消してしまうかもしれないから。

 

 

この作品はそんな、「消去能力」を持った少女、ユリ(表紙左)をヒロインに据えた物語であり。作者であるあまさきみりと先生の十八番である、切なく重く、ビターな味のするラブコメなのである。

 

議員秘書であったが罪を犯し、家に放火して自殺した父親を持ち、姉である希望に育てられた少年、北斗(表紙右)。ありふれた日常を嫌い、いつの間にか空想の世界に耽溺し、自分に冷たい世界を疎んで。日々投稿サイトで漫画を投稿して。へたくそさを知らされながらも、「ヒマナヒト」というファンと名乗るユーザーに励まされる日々。

 

「キミの漫画、もっとじっくり読ませて?」

 

そんなある日、心無い同級生たちにタブレット端末を傷つけられ、公園で一人毒を吐く彼に声をかけてきたユリ。何処かからかうような彼女は、ファンであると名乗り。揶揄われて振り回されて、しかし彼の心はいつの間にか安らいでいた。

 

「キミの彼女になってあげよっか?」

 

何気なく交流は続き、時に疑似恋人になってあげようかと提案されてぎこちなく振る舞ってみたり。ユリのバイト先の上司である善が実は希望の知り合いであったと判明し。四人での何気ない日々は、始まる。

 

「ワタシと一緒に、ありふれた人生を捨てられる?」

 

・・・・・・かと思われた、そうなって欲しかった。だけど、不穏は不意に訪れる。 ふと問いかけてくるユリ、その手を掴めなくて。そして、希望が傷つけられた中、ユリと善の正体が明かされる。

 

それは警察の秘密組織として、政治に不都合な真実を消しているという事。ユリは自らの大切なものを消す代わりに、様々なものをほぼ制限なく消せる、という事。 そして父親の事件を冤罪と信じ、真実に辿り着こうとしていた希望は不都合であるという事。 父親の死、はユリのミスが原因であると言う事。どうしようもなく彼女の力により真実は闇の中に葬られ、希望も記憶を無くしてしまうも、北斗は消されずに、ただ覚えている。

 

そして二年後、追い求めた先で希望から最近話題のニュースを聞き出し。そのニュースを追い辿り着いた、ユリの元。しかしユリは、この二年で色々なものを消し過ぎて、より痛々しく様々なものを失っていた。

 

その彼女に届けたい、と。再び漫画に向き合って。

 

「僕と一緒に、二人きりで」

 

あの日は出来なかった逃避行に、彼女を誘って。2人きりで逃げだした先に、ユリのルーツがそこに在って。

 

 

だけど世界は残酷だ。只のガキな北斗の力はあまりにも小さく、ユリを失う訳にはいかぬ巨大な力が追い込んできて。

 

「普通の女の子に・・・・・・生まれたかったなぁ」

 

世界を呪い、世界を消してしまおうかと思いついて。だけど消してしまっては、彼との思い出も消えてしまうから。ユリは消す事を選ぶ、彼の中から自分を。彼の中の、自分の中の初恋を守るために。 ありふれた、お互いの人生に戻る為に。

 

戻った先、書き上がる一つの作品。届いたファンレター、思い出す記憶。だけどもう、隣に彼女はいない。それでも、待ち続ける。 ありふれたその先に、会いたいと願って。

 

正に胸を打つ、切なくて苦しくて苦めな青春のあるこの物語。正にあまさきみりと先生の真骨頂、心に刺さるお話を見てみたい方は是非。きっと貴方も満足できるはずである。

 

Amazon.co.jp: 消せる少女 (MF文庫J) : あまさきみりと, Nagu: 本