読書感想:あんたで日常(せかい)を彩りたい

 

 さて、時に天才と呼ばれる人種はいる訳であるが、天才と呼ばれる人間達は見えている世界が違う、と言われる事もあるかもしれない。実際、天才と呼ばれる人たちが何を言っているのか、と聞いてみれば一言も理解できないと言う場合もあるであろう。見えている世界が違う、だと言うのなら。裏を返せば、自分以外その世界にはいない訳で。そう考えると、天才と言うのも孤独、なのかもしれない。

 

 

この作品は、そんな天才と呼ばれる少女、棗(表紙)をヒロインとし。天才と呼ばれる者達を取り囲む社会性にまで切り込んでいきながら、それぞれの青春がグラフィティとして交わる作品なのである。

 

私立朱門束女学院。無形文化を残すために技術を研鑽する育成機関であるここにあつまるのは芸術、芸能の道を志す少女達であり、どこか破綻した者も多い、奇人変人の巣窟。その一員であり、完全記憶能力を持つ風音はある日、担任からお願いされる。それは今まで一度も顔を見ていない、どころか登校していない特待生、棗に書類を書かせてほしいと言うもの。

 

「骨格を見れば一発じゃん」

 

が、しかし。風音の服を棗が汚してしまい、風呂上がりを見られた事でとんでもない事実が判明する。それは風音は偽物、という事。独自の日本舞踊を受け継ぐ舞踊の名家であり完全なる女尊男卑がまかり通っているその家の後継者となるのを嫌った風音は出奔し。困った当主たちは風音の双子の弟、夜風を性別を偽らせて入学させた、ということ。

 

しかし、その事実を知っても棗は変わる事無く。事情を知る担任の手により寮の相部屋にされる中。夜風は棗が「夏目」というネットでも人気の独特の世界観を作り上げているアーティストであると知り。普通が分からない、という彼女のサポートキャラとして関わる事となっていく。

 

「夜風はもうこっち側の人間だから」

 

サポート役として関わることになる夜風に、棗は隠すことなく全てを見せて、通じないなりにコミュニケーションを取ろうとして。話題が爆速で流れていく独特なペースを見せつけながらも。彼の事を自分と同じ、といっていく。

 

「ま、ここががんばりどころってことじゃねぇの?」

 

戸惑いながらも必死についていこうとして、夏目のファンであるコミュ強同級生、小町にも事情を知られたりする中。迫る祭りの舞台、夜風はいきなり突き付けられる。棗が自分を共同作業者として勝手に指名しているという事を。

 

止まる事も出来ず、祭りまでの時間は刻一刻と減っていく中、ぶつかり合う事もあって。 今までいないもの、のように扱われてきたからこそ何もない自分に何が出来るのか、と思い悩む中。自分を「絵筆」として使おうとする、棗の本心に触れていく。

 

「夜風があたしに力を貸してくれたぶん、あたしが夜風に結果をあげるよ」

 

棗が欠けても、夜風が欠けても、構想は完成しない。そして求めるのは風音などではなく、夜風という事。 それは認められる第一歩、自分が目覚める瞬間。操り人形としての糸を切り、人間として。夜風は皆で作り上げるステージへと飛び出していくのである。

 

 

重く刺さるような社会観の中、描き出される青春が鮮烈であるこの作品。天才の眩しい青春を見てみたい方は是非。きっと貴方も満足できるはずである。

 

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