ラノベ、TCG、アニメ、プラモデル、vtuber。様々なジャンルの趣味、と分類されるものは、その趣味の世界は時に「沼」と呼ばれると言うのを画面の前の読者の皆様もご存じであろう。一度嵌りこんでしまえば、なかなか抜け出すことは出来ず。それどころか他人を引き込みたくなって、その沼の中から手を伸ばしてしまう。そのような行為の根底にある思いをきっと、「業」と呼ぶのかもしれない。
この作品もまた、そんな感じの作品と言ってもいいのかもしれない。この作品において描かれるのは、「創作」という沼、そして業。決して趣味、という範囲ではなく。本気で取り組み、向き合うからこその業。それを描いていくのが今作品なのである。
かつて小説家を志し、大学で文学部を選ぶも、結局のところ現実に挫折し、夢破れ。その先に現実的な方向として塾講師という進路を選んだ青年、正道。恋人である彩叶とわずかな時間を生かして大人同士のラブコメをしたりする中。 それなりに満足する日々を過ごしていた、筈だった。
「先生も小説を書くんですよね?」
「小説を書いてきてください。この写真で、人生を終えたくないのなら」
―――その日々はある日、推し作家のサイン会にいった事で、失われる。そこにいたのは居眠り常習犯な教え子のJK、琴音(表紙)。かつて正道と幼い頃、図書館で出会いお互いに小説家になると言う約束を交わした彼女。しかし知っての通り、正道は今、夢を諦めている。それは琴音にとっては、「解釈違い」、許せぬ事。だからこそ彼女は彼に、唐突にキスをし、それを写真に撮り。その写真を削除する対価として。新人賞の短編部門に応募して、と彼を脅迫する。
それは彼を、創作の道に再び引き戻すと言う事。一度足を洗ったはずの彼を、再び沼の底まで引っ張り込もうとすると言う事。その為ならば、必要なもの以外は全て削ぎ落せと言わんばかりに。彩叶からの連絡も切らせ、カンヅメと言わんばかりに部屋に泊め、更には業界の人と繋ぎを作り。彼をこれでもかと追い込んでいく。
その薫陶と添削を得、正道の中の創作性が研ぎ澄まされていく。恋人である彩叶に抱いていた思いまで巻き込んで、それは更に先鋭化され、いっそ気持ち悪いと言ってしまう程に。何処までも鋭くされて、磨き抜かれて。一つの作品を生み出していくのである。
「痛みを伴う救いだってありますよ」
それは痛みだったのか、切り刻む刃なのか、それとも癒す明かりなのか。その答えは未だ、けれど確かにその創作は一つ、結果を残し。琴音という悪魔に導かれ、正道はかつて憧れたステージに昇るのである。
どこか古典文学のよう。どこかセピア色めいた舞台の中、そこに苦しみと一種の温かみがあるこの作品。いい意味で文学系な作品を読んでみたい方は是非。
きっと貴方も満足できるはずである。